第78話レセリカの推察


 その日の晩、自室で夕食を摂っている間にヒューイが報告をしにきた。ダリアも最近では文句を言うこともなくなり、ひたすら睨みつけるだけとなっている。眼光が鋭い。


「なかなかえげつない噂ばっかりだったぜ。正直、ちょっとくらい懲らしめてやろうかと思った」


 だが、そんなダリアを気にしている余裕はないようだった。それほど、今日知った噂の内容に苛立っているのだ。

 ヒューイは不機嫌なのを隠そうともせずドカッと椅子に腰かける。


「あ! でも当然、主の許可なしに制裁なんかしてねーからな! ちょっと強風が吹いて髪が乱れたかもしんねーけど!」


 最低ラインは守ったということだろう。それでも何かせずにはいられなかったのは、よほど許せなかったか、はたまたヒューイの内面が子どもだからか。

 レセリカが困ったように眉尻を下げると、ヒューイは一度目を逸らしてから言い訳をするように言葉を連ねた。


「こ、これは制裁じゃなくてオレの個人的感情から来る勝手な行動だから! 友達としての、な! 怪我もさせてねーし、存在も知られてねーから!」


 友達、という単語を使われては何も言えなくなってしまう。ますます眉尻を下げてレセリカは小さくため息を吐いた。


「ずるいわ。そう言われたら注意することも出来ないもの」

「ごめん、ごめん」


 ニシシと八重歯を覗かせて笑うヒューイはまったく反省していないということがわかる。だがどうにも憎めない。

 それに、怪我をさせたわけでもないのならあまり文句を言うことでもないだろう。何より、自分のために少し怒ってくれたというのは正直なところ嬉しかった。


 改めて、噂の報告を聞いてみると、ヒューイが苛立つ理由がよくわかる内容だった。


 レセリカは王太子を操っている、美しさを武器に騙している、王太子の気持ちを無視して無理な政策をさせるつもりだ、成績が良すぎるのは怪しい、裏で成績を操作しているに違いない、などなど。

 レセリカが見事に悪女となりつつある噂の数々である。


「学園の外まで吹き飛ばしてしまえばよろしかったのに」

「うわ、過激ぃ。でも、許可さえあればやってたとこだっつーの」


 目の据わったダリアがポツリと告げ、ヒューイが再び口を尖らせて不満げにしている。噂の報告とはいえ、これをレセリカ本人に伝えねばならなかったのはかなりのストレスだったようだ。

 普段は喧嘩ばかりの二人が同意を示し合い、愚痴が止まらないのは珍しい光景である。


「他にはなかった? その……殿下を貶めるような発言はなかったかしら」


 心配なのはそこだ。キャロル、ポーラと話していた時はそう言った噂はなかったと聞いているが、実際はどうなのだろうと。


「あったぜ。そう噂する人数は少なかったけどな」

「!」


 レセリカはギュッと両手を胸の前で握りしめる。誰からも好かれる者がいるはずないのと同じで、どれだけ立派で素晴らしい人物であっても反対派閥というものは出てきてしまうものだ。

 それがわかっていても、自分が発端の揉めごとでセオフィラスまでもが悪い噂をされてしまうことには胸が痛む。


 とはいえ、聞いておかないことには始まらない。それに、この程度のことで動揺していてはとても王太子妃など務まらないのだ。レセリカは続きを促した。


「次期国王としてふさわしいのはフレデリックだー、とか」

「え……」


 フレデリックって誰だ? と腕を組んで首を傾げるヒューイに、ダリアの冷たい視線が突き刺さっている。やれやれと言った様子でため息を吐きつつも、ダリアは説明してあげていた。


 フレデリック・バラージュ。彼は現国王陛下の弟の息子である。

 本来なら継承権第二位はその弟であるヴァイス・バラージュになるのだが、自身の息子であるフレデリックが生まれた直後、ヴァイスはその権利を息子に譲渡したのだ。


 その後、ヴァイスはほとんど国内におらず、家族を置いて世界各国を渡り歩いているという噂である。

 ただ、それも噂であるため真偽のほどは調べないことにはわからない。そもそも、彼について詳しく知る者は少ないのだ。そして、その息子のことも。


 なぜなら、フレデリックはセオフィラスと年齢が近いにも関わらず、学園には通っていないからだ。

 身体が弱いのではという噂が囁かれているが、これもまた真偽は不明だ。いずれセオフィラスに聞くことにはなると思うのだが。


(継承争いの可能性もあったわね……)


 セオフィラス暗殺の犯人として怪しいのは、アディントン伯爵だけではない。当然、セオフィラスを王にしたくないという別派閥の者が起こすことも十分にあり得るのだ。

 むしろ、一般的にはこちらの可能性の方が高いと考えるだろう。


 もちろん、レセリカも考えていたことではある。ただ自分を糾弾した人物であるアディントン伯爵を第一に疑ってしまうのは無理もないことであった。


 特に、あの時レセリカを追い詰めたリファレットは、セオフィラスが暗殺されたことについては無感情のように見えた。隣に立つラティーシャはずっとセオフィラスのことで心を痛めていた様子だったのに。

 その上、リファレットの父親はヒューイという元素の一族を奴隷として従えていたことが予想されるのだから、どう考えても怪しい。


(ただ、アディントン伯爵が犯人だとした場合、動機としては弱い気がするのよね)


 アディントン伯爵からすれば、セオフィラスがいなくなればラティーシャをリファレットの妻として迎えることが出来る。しかしそれは絶対にフロックハート家でなくてはならないわけではない。伯爵家なのだから、いくらでも相手は見つかるはず。


 ただ、どうしてもラティーシャでなくてはならない理由があったとしたら話は別になる。それほどまでに、リファレットがラティーシャを愛していたというのだろうか。

 そうだとしても、父親である伯爵が王太子暗殺に踏み切るには動機が弱い。


(王太子というお立場は本当に命を狙われやすいわね……)


 理由はまだわからない。だが、あらゆる方面から命を狙われてもおかしくない立場ではあるのだ。


 わかっていたことだ。たとえ国王になったとしても命の危険は常にある。それはどれほどの重圧だろうか。

 それでも、レセリカはセオフィラスを守ると決めている。なんとしても、暗殺犯を見つけ出して阻止しなければ。


 そのために、決めつけてはならない。あらゆる可能性を一つ一つ調べていかなくては。


「調べてくれてありがとう、ヒューイ。でも、学園で派閥が出来てしまうなんて困ったことになったわ」


 さて、今はまず目の前の問題を解決することからだ。

 どんな行動に移るにせよ、信頼出来る友達を作ることは大切なのだから。それになにより、レセリカの心の安寧にもなる。


 ちなみにヒューイからの追加情報によると、噂はラティーシャ側も散々なものを流されているという。

 確かに、むしろ彼女の方が悪い噂が流されやすい立ち位置にいる。なにしろ横から王太子を狙っているのだから。


 つまり、この派閥や噂について彼女が関与しているとは考えにくい。それさえも、自作自演の可能性もなくはないが。


 そもそも、これらは全て一般科の生徒たちの中で起きていること。レセリカのような貴族が無理に首を突っ込んだところでどうにもならず、むしろ悪化する恐れもあった。


 レセリカはため息を吐きながら、今はただ自然と噂が風化するのを待つしかないと結論を出した。

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