第77話友達と噂


 早いもので、レセリカが学園に入学して一年が経とうとしている。


 当初の目的である友達を作ることは達成できたが、結局この一年で親しくなれたのは二人だけ。

 もちろん、かけがえのない友達ではある。だが、いつか訪れるかもしれないセオフィラス暗殺を阻止するための味方作りとしては人数が圧倒的に足りなかった。


(キャロルは本当に頼りになるけれど。そして、ポーラも)


 キャロルは言わずもがな、持ち前の物怖じしない性格と商家の娘という立場からとにかく交友関係が広い。実際、キャロルを通じればレセリカの頼みも聞いてくれそうではあるのだが、それでは意味がない。

 自分自身が関係を築き上げなければ信頼関係は生まれないのだから。


 それから、ポーラは一般人ながら貴族に対して畏れすぎることがない貴重な人物だった。彼女は大人しそうな外見と性格とは裏腹に、なんと剣士を目指しており、いずれはレセリカの護衛として働くのが夢だと語ってくれている。


(実際、王族になってしまえば一般人を直属の護衛に付けてもらうことは難しいのだけれど……)


 でも、可能性はゼロではない。やる気に満ち溢れたポーラの夢を、難しいというだけで否定はしたくなかった。

 そして願わくば、彼女の夢が叶うのを見届けたいとレセリカも思っている。


「そういえばレセリカ様。あまりご本人に伝えるのはどうかとは思ったのですが……やっぱり、言っておいた方がいいかなぁってことがあって」


 今日はセオフィラスではなく友達とランチをする日。いつもは話を聞いていることの多いポーラがおずおずと話を切り出した。癖のある黒髪のポニーテールが揺れている。


 本人は思い切って話し始めたものの、まだ少し迷っている様子だ。だが、そこまで聞かされては気になってしまうもの。きっと受け止めるからとレセリカは続きを促した。


「じ、実はですね。一般科の生徒の間で派閥が出来ているのです。レセリカ様派と、ラティーシャ様派の二つに……」

「ええっ!? それは初耳っ! この私が情報を掴み損ねるなんてぇ」


 どうやらキャロルも初めて聞いた内容のようだ。もちろん、レセリカも。

 ポーラはやはりご存じなかったようですね、と苦笑を浮かべている。


「殿下を巡る恋のライバル同士として盛り上がっているようで……陰ながらひっそりと応援している者がほとんどではあるんですけど」


 要するに、ファンである。正式な婚約者であるレセリカこそお似合いだと信じる者、想いが届かないながらも一途で健気なラティーシャを応援したいと願う者がいるというのだ。


 些細なやり取りを見ては想像を膨らませたり、と勝手に盛り上がっているのだという。


「あー、でもそういう噂話って好きな方は多いのですよね。貴族令嬢だって事実かどうかもわからない噂でキャッキャとお茶会で盛り上がりますし」

「そうなんです! かくいう私も嫌いではないのですが……最近はその規模が大きくなっているから気になって。最初はコソコソと楽しんでいるだけだったのが、次第に過激になっているというか。根も葉もない噂が飛び交うのは、さすがにあまり気分が良くないかと思って……」


 実際、聞かされたレセリカも少々不思議な気持ちにはなったが、害がなければ何を言われても構わないと思っている。

 影で悪口を言われることには前の人生で慣れているし、今回だって全く言われていないわけはないとも自覚している。


 ただ、根も葉もない噂は別だ。なにせ、それが原因で前は断罪されることにもなったのだから。


「それは、どういった噂なのかしら」

「す、すみません、不安にさせてしまって! 私も詳しくわかるわけではないんです。ちょっと小耳に挟むくらいで」


 なんでも、レセリカやラティーシャと親しくしている者の耳にはあまり届かないように注意されているのだとか。

 本人の耳に入らないようにという配慮なのだろうが、ありもしない噂話というのはさすがに落ち着かない。


「……調べてもらおうかしら。出来る?」


 レセリカは口の中で小さく呟いた。これはキャロルやポーラに対しての言葉ではないからだ。


 指示を受けた者は了承の意を告げるように微かな風でレセリカの髪を揺らす。それだけでレセリカはホッと息を吐いた。


「レセリカ様、私も少し探ってみますが……レセリカ様と親しくさせていただいている私の耳には入ってこないかもしれません。お役に立てずごめんなさい」

「気にしないで、キャロル。あまり大ごとにしたくもないし、無理はしないでほしいわ。ポーラも、教えてくれてありがとう。でも、根も葉もない噂があると知っているということは、何かを聞いたのよね?」


 ショボンと肩を落とすキャロルにフォローを入れつつ、レセリカは気になったことをポーラに訊ねる。

 ポーラはウッと一瞬言葉を詰まらせた後、観念したように話してくれた。


「あの、これは聞いた噂話であって、私はそんなこと思っていませんからねっ!」

「わかっているわ。大丈夫よ」


 ポーラは焦ったように前置きをしている。おそらく、レセリカにとってあまり良くない噂なのだろう。それを聞けばレセリカが傷付いてしまわないかを気にしてくれているのだ。

 その優しさは十分に伝わっている。レセリカがポーラを責めることは絶対にない。


 そのことを伝えたことでようやくポーラは恐る恐る噂を口にした。


「……レセリカ様が、そのお立場を利用して殿下を振り回している、とか。殿下の優しさに付け込む、その……悪女、って」

「な、何それっ!?」

「きゃ、キャロル様っ、落ち着いてくださいっ!」


 当事者であるレセリカよりも興奮したのはキャロルであった。元より正義感の強い彼女のことだ。大好きなレセリカの悪口を聞いては黙っていられないのかもしれない。


 しかし、当のレセリカはやはり噂に対して不快に思うことはなかった。


「良かった」

「……え?」


 むしろ安心したのだ。レセリカは心底、安心したように目を伏せる。


「その噂なら殿下のことは悪く言われていないみたいだから」


 自分のせいでセオフィラスまで悪い噂が立つなら大問題となるが、そうでないなら構わない。

 なにせセオフィラスは王太子で、噂を流した者は下手したら不敬罪となるし、何より彼を悪く言うのはレセリカとしてもあまり気分が良くないと感じたからだ。


 他人を思って胸を撫で下ろすレセリカを見て、キャロルとポーラの二人は同時にキュンとなった胸に手を当てて、何も言えないままレセリカを見つめるのだった。

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