第76話伯爵令嬢はめげない


 ちょっと意地悪してやるつもりが、返り討ちにあってしまった。


(情けないことね。私、何をやっているのかしら)


 イライラとする心をどうにか落ち着けようと、ラティーシャは無言のまま早歩きで進む。

 そんな彼女の様子をアリシアとケイティは心配そうに、そして感慨深げに見ていた。


 気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こしていた友達が、こうして我慢出来るようになったなんて、と。


「……レセリカ様、やっぱり可愛らしい一面がおありよね」

「そうねぇ。ラティーシャ様のライバルは手強いみたいです。作戦は変更した方がよろしいかと思いますね」

「やっぱり、レセリカ様を落とすのは得策ではないのですわ。気が乗りませんでしたもの」


 アリシアとケイティがヒソヒソと話し合っている。二人は、廊下でラティーシャがレセリカたちのやり取りを見つけた時からやめておいた方がいいのでは、と感じていたようだ。


 お茶会にレセリカが来てからというもの、冷徹と噂されている彼女がそれだけではない令嬢だということに気付いていた。きっと、一筋縄ではいかないだろうと予想していたのである。

 ただ、友人であるラティーシャの気持ちを思って協力はする。ただそれだけのことだった。


 ちなみに、以前までのレセリカだったらこの作戦は成功していただろう。結局何も言うことが出来ず、ラティーシャの思惑通り一人で食事をしていた可能性が高い。

 今回、レセリカが反論出来たのはすでにキャロルと面識があったこと、そして二度目の人生で後悔しないようにと強く決意していたからこそなのだ。


 コソコソと話す友人二人の声は、ラティーシャの耳にも届いていた。我慢できなくなって急に立ち止まったラティーシャは、勢いよく振り返って二人をキッと睨みつける。


「もうっ、ずるいわ! 冷徹令嬢に可愛さが加わるなんておかしいでしょう!?」

「あらぁ、レセリカ様が可愛かったことは認めるのね」

「う、う、うるさいわよ、ケイティ!」


 頬を目いっぱい膨らませて怒るラティーシャもまた違った意味で可愛らしいのだが、これは本人の意図していない可愛さである。何しろ、本気で憤っているのだから。


「諦めませんわ。きっと、レセリカ様にだって弱点はあるはずですもの。それを知ったらきっと幻滅する、というような……!」


 ラティーシャは諦めない。一度や二度の失敗でへこたれるような少女ではないのだ。

 ただ、そうは言ってもまだ九歳である。作戦もその場の感情で思いついたようなものでしかなく、失敗することも多い。


「殿下の目がレセリカ様から少し離れてくれさえすれば、きっと私の可愛さに目を向けてくれますわ!」

「すごい自信ですわね。見習いたいくらい」

「本当ね、アリシア。やっぱりラティーシャ様といると飽きなくて楽しいですね」


 失敗しても、前を向き続ける。少々、視野が狭くなりがちなラティーシャではあるのだが、そのひたむきさは長所だ。


「では、今後はどんな作戦でいきますの?」


 アリシアの問いかけに、少し考える素振りを見せたラティーシャはニッと悪戯を考え付いた子どものように微笑む。


「レセリカ様を観察しますわ!」

「観察……」

「ええ。そして、弱みを握ってみせるのです。お二人とも、手伝ってくれますわね?」


 あまりにも単純な発想に、アリシアとケイティは互いに顔を見合わせた。呆れたわけではない。そういう部分が憎めないと改めて実感したのだ。


 苦笑しながら頷きを返す二人を見て、満足げに笑ったラティーシャは決意を新たに背筋を伸ばす。


 こうしてラティーシャは、その長所と短所を見事に発揮しながらそれからの半年間、レセリカの動向を見張り続けたのだった。




 あの一件以来、レセリカは二人ほど友達が出来たようだった。


 一人はあの時に誰よりも早く立候補していたキャロル。そしてもう一人はなんと、一般の生徒であった。


 商家の娘であるキャロルと親交のあった娘のようで、貴族相手でもきちんと目を見て話せる肝の据わった女生徒、ポーラ。さすがにまだレセリカ相手に緊張した様子を見せているが、それも時間の経過とともに改善されるだろう。


 友達の人数としてはとても少ないように思えるが、住む世界が違うと遠巻きにしていた生徒たちが二、三歩ほど歩み寄ったのもわかる。

 要するに、近寄りがたかった冷徹令嬢が意外と優しいとわかったことで親しみが増したのだ。

 それでも、その凛とした佇まいや美しさによって少し離れた位置で眺めている者が多いようだが。


 その中で、レセリカと親しい付き合いが出来る者がこの二人というわけだ。


「順調に学園に馴染んでいますわねぇ、レセリカ様」

「てっきり浮いた存在でい続けると思っていましたのに。それに、笑顔が増えてますます魅力的になったのではないかしら」


 カフェテラスにて、ケイティがニコニコしながら呟くと、アリシアも感慨深げに同意を示す。ラティーシャはというと……。


「まったく弱みがないわ……どういうことなの?」


 相変わらずレセリカの弱みを見付けることを諦めずにいた。この半年、ラティーシャは悔しい思いをしてばかりである。


「失敗はあっても、普段の完璧さを思えば可愛らしいものとして見られているからですねぇ」

「あれだけなんでも完璧にこなすご令嬢ですもの。多少の粗があってくれてむしろ安心といいますか……人間味があって親しみがわく、といった心理かもしれませんわね」

「わかっていますのよ、そんなことはっ! わざわざ教えていただかなくても結構よっ!」


 のんびりとした調子の二人に対し、ラティーシャはプクッと頬を膨らませる。

 アリシアとケイティは、ラティーシャの望みが叶うことを半分以上は無理だと諦めているようだった。


(それでも、当事者である私はそういうわけにもいかないのよ)


 たとえレセリカに敵わなくても、たとえ殿下が自分を一番に見てくれなくても。


(あの、筋肉伯爵令息と結婚するなんて絶対に嫌……!)


 ラティーシャにとって、リファレットは好みの真逆に位置する人物であり、彼との結婚だけはなんとしても阻止したいことなのだ。

 もちろん、第一にセオフィラスとの甘い関係を望んではいるのだが、それが失敗した上に好きになれない相手との結婚など不幸でしかない。


(なんで私だけがこんな目に……)


 もはやなりふり構っていられなくなってきたラティーシャは、覚悟を決めたように真剣な表情を浮かべながら二人の友人を見た。


「こうなったら最後の手段よ……!」

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