第70話カフェテラスと羨望


 カフェテラスは陽当たりの良い空間となっている。

 窓の外にはシェードがついており、傾きや長さも自在に変えられるようになっていた。


 カフェテラスは貴族も一般生徒も自由に使うことが出来るが、二階席は貴族の席、という暗黙のルールのようなものが出来ている。ゆえに一般生徒は二階にはあまり近寄らない。


 もちろん、そんなルールはないし一般生徒が来ても誰も何も言わない。単純に一般生徒の方が、緊張して落ち着かないから近寄らないというだけである。


 学園では身分差による差別などは一切ない。一般生徒の中には貴族に虐げられるのでは、と怯える者がいるようだがそんな事実はまったくなかった。


 腹の探り合いをするのは同じ貴族同士。むしろ、一般生徒には親切に接するというのが貴族の常識である。領地を持つ者や商売をする者、どちらも領民や客は一般人なのだから。

 彼らは学園に通う前に、領民や客がどれだけ大事かを嫌というほど学ぶ。


 ただ、貴族は見栄を張る。それが人によっては横柄な態度に見えるかもしれない。

 だからこそ怯える者が出てくるわけだが、学園生活を送る中で次第に気付いていくのだ。そもそも住む世界が違うのだ、ということに。


 そういうわけで誰かが決めたわけでもないのに、生徒たちが使う場所はどうしても一般生徒と貴族の二つでくっきりと分かれてしまうのである。


「レセリカ、学園には慣れたかな?」


 そんなカフェテラスの二階席、その奥にある窓際の席はいつも決まった人物が使っていた。

 セオフィラス・ロア・バラージュ。この国の王太子である。


 何度も言うがこの席は殿下専用というわけではなく、誰が使っても構わない。

 ただ、なんとなく人目につきにくくて居心地がいいという理由でセオフィラスが使うようになったら、自然と誰も近寄らなくなっただけである。


 いや、訂正する。本当はセオフィラスの入学直後は、王太子と繋がりを持っておきたい貴族たちが何度か同席を試みた。

 だが、護衛二人が「食べ物の近くに誰も近付けないようにしているから」と断り続けたのだ。その内、次第に誰も来なくなった、が正解であった。


 しかし、今はそのセオフィラスの向かい側に女生徒が同席している。言わずもがな、婚約者のレセリカであった。


「はい。ですが学園は広いので……全てを見て回るにはまだ時間がかかりそうです」

「そうだね。私もまだ立ち入っていない場所があるよ」


 殿下が護衛以外の人物を同席させているということ、そして二人があまりにも目立つ容姿なのもあって、学生たちの注目を集めている。

 とはいえ、席の場所が周囲からあまり見えない位置にあるので少し覗き込まないと見ることは出来ない。そのため、一目見ようと学生たちの間で静かな場所取り合戦が行われていた。


「授業の方はどうかな。レセリカのことだから問題ないと思うけれど」

「そうですね、特に問題はないかと」

「さすがだね。でも少し残念だな。君に教えられることがなくなってしまう」


 周囲では軽く騒ぎになっているというのに、二人は穏やかに会話を続けている。

 もちろん気付いていないわけではないのだが、周囲で噂話をされることなど慣れたものなのでいちいち気にしていないだけである。


「同じ学年だったら、一緒に授業も受けられたかもしれないのに。言っても仕方のないことだけれどね」


 今のところ一緒にいる時間を作れるのはランチの時しかないから、と眉尻を下げて言うセオフィラスに、レセリカは恥ずかしそうに俯いた。

 それはつまり、一緒にいたいと言われているのと同じなのだから。


 素直な好意を向けられるのはやはり嬉しく、それも身内以外からとなるとまだどうしても照れてしまう。

 油断すると顔が赤くなってしまいそうなので、レセリカは何か良い案がないかと考えてみることにした。


「一緒に……あっ」

「ん? 何? 何かあった?」


 そしてすぐに思いついた。

 だが、これを打ち明けるには少々勇気がいる。またあのような恥ずかしい思いをしなければならないのかと思うと、躊躇いの気持ちが出てくるのだ。


 レセリカは無意識に側に控えるフィンレイに視線を向けた。その目の動きにフィンレイはすぐ気付いてくれたが、同時にセオフィラスも気付いて眉根を寄せる。


「……フィンレイ?」

「殿下ー? 圧力をかけるの、やめてもらえますー? その笑顔は僕には通用しないですよー? 怖いですよー?」


 ニコニコと笑顔を向け合うセオフィラスとフィンレイのやり取りは心なしか冷気が漂っているように感じる。

 が、別にギスギスした雰囲気はない。きっと、友達同士の冗談のようなものなのだろう。レセリカは少しだけ羨ましく思った。


「圧なんかかけていないよ。ただ、心当たりがあるのかと思って声をかけただけだ」

「それならば殿下のオーラが高貴すぎるのでしょう。しがない男爵家の僕には、圧にしかならないので怖くて発言出来ませんねぇ」

「どの口が言うのかな?」


 二人のやり取りはまだ続く。こういう時、レセリカはどうしたらいいのかわからなくなってしまう。


 会話に入るような内容でもないし、面白いと笑う場面でもない。そもそもあまり表情筋が仕事をしないタイプなので微笑むこともないのだが。

 結果、ジッと二人のことを見つめてしまうことになっていた。


 レセリカの熱い視線は、二人の軽口の叩き合いを止めるには十分な威力を発揮する。ハッとなって二人は同時にレセリカに顔を向けた。


 むしろ、驚いたのはレセリカの方である。急にこちらを見てきたものだから、何か言わなければと焦ってしまった。

 咄嗟のことに、レセリカは心の内で思っていたことをそのまま口にした。


「……仲が良くて、その、なんだか羨ましいです」


 言ってしまった後に、まるで拗ねた子どものようだと気付いたレセリカはみるみる顔を赤くしていく。そんなつもりは……あったのかもしれないが、言うつもりは間違いなくなかった。


 そうして一人恥ずかしさに俯くレセリカを前に、驚いたように目を丸くしたのはジェイルだ。彼はまだ、レセリカが常に冷静で完璧な令嬢だと思っていたのだから。


 だが、彼女のこういった一面を知っているセオフィラスとフィンレイの二人は、癒されたように柔らかく微笑んだ。

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