第66話拗ねる侍女と元素の一族


 オリエンテーション最終日を終えた夜、寝支度を手伝うダリアにレセリカは恐る恐る声をかけた。

 というのも、ヒューイと少し二人にしてくれと頼んだ日から、どうも拗ねているように見えるからだ。


 当然、ダリアは仕事をきちんとこなしている。挨拶もするし、他愛のない話もする。それでも、どことなく冷たさを感じるような気がするのだ。


「ねぇ、ダリア。もしかして……拗ねているの?」

「なっ、えっ、そ、そのようなことは……!」

「ない? 本当に?」

「うっ……」


 否定するダリアは明らかにビクッと肩を震わせた。それをしっかり見ていたレセリカはやはり、と思いながらジッとダリアの顔を覗き込む。


「……申し訳ありません。大人としても、侍女としても愚かな行為でした。いかなる罰も受ける覚悟です」


 ついに観念したダリアはレセリカに向き直り、深々と頭を下げた。

 ダリアが拗ねていたのは事実だった。ヒューイよりも自分の方が長くレセリカに仕えているという思いと、彼よりも優秀だという自負。それなのに、二人だけの秘密を共有していたのが悔しかったのである。


「大げさよ。それに、嫌な気持ちにさせてしまった私にも問題があると思うの」


 いつも笑顔で優しく、自分の仕事に自信を持っていたダリアがこのように萎れるのをレセリカは初めて見たように思う。

 ここまで落ち込ませていたとも思ってはいなかったため、レセリカは責任を感じていた。


「そんなことはありません! レセリカ様はいつだってお優しく、私だけでなく使用人にもいつだって親切で……! ああっ、やはり私が未熟なせいですっ! レセリカ様の気を揉ませてしまうなんてっ!」

「だから大げさよ。ちょっと落ち着いて? ね?」


 普段からレセリカのこととなると大げさで過保護になりがちなダリアだが、今は特に酷い。もしかしたら指摘されたことで動揺しているのかもしれないと考えたレセリカは、一度一緒にお茶を飲みながら話してみようと考えた。


 お茶の提案をすると、ダリアは喜んでとすぐに淹れてくれる。相変わらず彼女の淹れたお茶は美味しく、ホッと息がつけた。

 側で立っていたダリアに隣のイスに座るよう声をかけると、最初は渋っていたもののレセリカの強い希望によりようやく腰かけてくれる。


(さて、どんな話をしようかしら)


 他愛もないお喋り、ならいつでもしていることだ。

 今は部屋にレセリカとダリアの二人きり。それならば、二人しかいない時にしか出来ない話をするのはどうだろうか。ヒューイと秘密の相談をしたように、ダリアとも二人だけの話題を。


「ダリア、本当はこんなこと聞いてはいけないのかもしれないのだけれど。元素の一族のことを聞いてもいいかしら?」


 レセリカのその選択は大当たりだったようだ。ダリアはパッと顔を上げて嬉しそうに目を輝かせた。


 しかしすぐにその顔を曇らせ、ヒューイには聞かないのかと恐々聞いてくる。レセリカはなんだかダリアが可愛らしく見えてきた。


「ダリアから聞きたいの。……やっぱりダメだったかしら?」

「そ、そんなことはありません。そうですか……アイツではなく私に聞きたいのですね? 喜んで!」

「そう? でも、本当に聞いて大丈夫? 無理なお願いではなかった?」


 可愛らしいダリアの反応に少し気持ちが大きくなっていたレセリカは、今更ながら踏み込んでもいい内容だったのかと不安になる。

 必ずしも聞かなくてはならない内容ではないからだ。ほんの好奇心。興味本位。それだけで聞いていいものなのかと心配になったのである。


 そんなレセリカの心情を察知したダリアは、自分も少し浮かれていたことに気付いて苦笑する。

 それから少し反省したのか、一つコホンと咳払いをした。そのままフワリと微笑み、レセリカと目を合わせる。


「本当に大丈夫ですよ。そもそも、公爵家の者はいつか学ぶことです。それが少し早いだけ。レセリカ様は聡明な方ですし、成人前でも周囲に漏らしてしまうことなどないと信じていますから」

「もちろん、誰にも言わないわ」


 言われてみれば、オージアスは全てを知っているように見えた。もしかしたら、王家もいつかは学ぶことなのかもしれない。

 ならば少しだけ早めに聞かせてもらうことにしよう、と気持ちを改めたレセリカは、真剣な眼差しでダリアを見つめた。もちろん、今の自分が聞いても問題ないという範囲で。


 ダリアは顎に手を当て、まずは基本的なことを教えてくれた。

 元素の一族は遥か昔から存在する一族であり、それぞれ少しだけ特殊な力が使えるということ。

 それからそれぞれの信念を貫く点だけは共通点であるということ。

 そして、それは現在にも受け継がれているということ。


「では、それぞれの特徴についてもお話しましょうか。そうですね……人目につかないように生きる火や風と違って、地や水は普通に生活しています。この学園にも通っていますよ」


 その話は意外で、レセリカは軽く目を丸くした。ダリアもヒューイも人目を避ける方だからかもしれない。

 特にヒューイに関しては主である自分の前にも必要以外は姿を現さないのだから。


「ふふ、驚いてらっしゃいますね。では、もっと驚く話をしましょう。学園に通う元素の一族の者、その多くは地の一族です。彼らは人を守る他の一族と違って、場所を守る一族になります。そのため、生まれ育った地から出ることは叶いません。まぁ、子孫の一人が残ればそれでいいので、全員に課せられた義務ではないのですが」


 これって、何かと同じだと思いません? とダリアはそこで言葉を切り、レセリカに考えさせるように告げた。


 生まれ育った地からは出られない、だが全員ではなく後を継ぐ者だけが残ればそれでいい。


 レセリカはハッとなって顔を上げた。


「貴族……?」

「ええ、そうです。地の一族は、他の元素の一族と違ってその血が薄れることを厭いません。他家の者と婚姻を結び、たくさんの子孫を増やし、各々が管理する土地を守り続けているのです。あまりにも血が薄れているので、自分が地の一族であると知らない者も多くいるでしょう」


 ダリアによると貴族はみな、地の一族の血を受け継いでいるということだ。ただ、一代限りの男爵家などはその限りではないという。


 だからこそ、元素の一族としてのプライドを持つ者ほど一族の誇りを忘れていると憤っていたりするのだそう。

 特に風の一族が顕著で、彼らは貴族を毛嫌いしているという。


 そういえば、とレセリカはヒューイも貴族や王族に仕える気はないと断言していたのを思い出す。


「ヒューイはよく私に仕えると決めてくれたわね……」

「私もそう思います。旦那様もかなり驚いてらっしゃいましたから」


 風の一族は市井の民の味方、というのが共通認識だ。貴族に仕える風の者などおそらく前例がないだろう。


 改めてレセリカはヒューイとの出会いに感謝し、アディントン家の奴隷になどさせてはならないと決意を固めた。

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