第67話相性と風の恐ろしさ


 ダリアは話を戻し、地の一族についての説明を続けた。


「貴族の中でも、地の一族の直系と言われているのが王族となります。王族の血も受け継いでいるベッドフォード家は、地の一族としての血も他の貴族より濃いかもしれませんね」


 つまり、レセリカもまた地の一族だということだ。

 いずれ王家に嫁ぐ身として身分が大切になっているのは、王族だけは地の一族の血を薄めるわけにはいかないという理由もあるのだという。レセリカは深く理解した。


「あの、王族が地の一族の直系だということはわかったのだけれど。髪と目の色が……」


 しかし疑問も残る。元素の一族は特徴として、それぞれ決まった髪と瞳の色を持っているのだから。

 直系であるはずの王太子セオフィラスは地の色である濃い茶系の色ではなく、アッシュゴールドに空色の瞳だ。


 ふと穏やかに微笑むセオフィラスの顔が浮かび、つい頬を染めてしまうレセリカだったが、すぐに軽く頭を横に振って思考を切り替える。


「ああ、本には濃い茶色の髪と瞳だと書かれていることが多いですね。でも地の一族は本来、陛下や殿下のような色を持っていたのですよ」


 濃い茶色が多いというのは嘘ではなく、単純に比率の問題なのだという。地の一族は人口が多いため、結果的に国で最も多い髪と瞳の色の人物が増えてしまったというだけのことらしい。


「レセリカ様だって、濃い血筋ですのにホワイトブロンドと紫の瞳をお持ちでしょう? そのお色はどちらかといえば王族の色の系統に近いですからね」


 言われてみれば、伯爵家であるリファレット・アディントンは淡い金髪に青い瞳だ。

 それ以外の王族に近しい人物の顔を思い浮かべてみると、確かに陛下のような色味に近い者が複数いる。


「ただ、地の一族はたくさんの血が混ざっていますから。色で判断するのは困難だというのが本当の所ですね。前陛下は現陛下や殿下とはまた違った色でしたし、そういうものなのでしょう」


 あまり深く考えることではない、ということだろう。

 レセリカはそう結論付け、地の一族の色についてこれ以上は掘り下げないことに決めた。


「そういえば、ダリアはなぜいつもヒューイの居場所がわかるの?」


 お茶を一口飲み、カップを置いたところでレセリカは話題を変えた。実のところ、これが最も気になっていたことであった。

 ヒューイのようにダリアが何か不思議な能力を使っているのだろうかと思って少しドキドキしている、というのが本音でもある。レセリカは大人びて見えて、意外と年相応な子どもの感性も持ち合わせているのだ。


「それは……火の一族が、風の一族に強いからにすぎません」


 曰く、一族同士苦手な一族というのがあるという。


 火の一族は熱源感知能力を持つため、風の者がどこに隠れていてもすぐに気付くのだそう。逆に、温度を感じ取ることの出来ない水の一族は苦手な相手だとダリアは苦々しげに語る。

 それから、全ての情報を得ることが出来る風は貴族である地に強く、水は古の契約により地の一族にあまり逆らえない。


 なんだか不思議な力関係だな、とレセリカは思った。

 つまり、血で言えばレセリカはヒューイに敵わないということになるのだが彼の主となっている。苦手な相手であるだけで絶対に敵わない、ということではないということだろう。


「……火と同じで水の一族も暗殺を得意とする者たちですが、直接的に貴族家に手は下せません。ですが、抜け道はありますから。火の者も依頼されれば動きますし、油断はなさらないでくださいね。もちろん、私やウィンジェイドが必ずお守りしますけれど」


 改めて聞くと、恐ろしい話である。

 ヒューイやダリアを見ていれば元素の一族がとんでもなく優秀であることはわかる。そんな人たちが知らないところで命を狙ってくるかもしれないのだ。王位継承者であるセオフィラスは特に狙われやすいだろう。そして、自分も。


(恐怖に呑まれてなるものですか。絶対に、セオフィラス様を死なせたりしない……!)


 対策があるなら知っておきたい。実際は、いくら対策をしていても襲われる時は襲われるのだが、敵を知るということは最も大切な防衛手段なのだから。

 まだ元素の一族が狙ってくるとは限らないが、可能性は高い。


「抜け道って……?」


 知るのは怖い。それに、今知るべきことだろうかという疑問も残る。なぜなら、彼らは恐らく依頼されて初めて暗殺という行為を実行するのだから。


 それなら大切なのは依頼主を知ることである。敵を見誤ってはいけないのだ。レセリカは冷静に物事を見つめていた。


「申し訳ありません、レセリカ様。私に話せるのはここまでです。火の一族からも抜けた身ですし、いくら元素の一族に対して良く思っていないとはいえ、これ以上の秘密を外部に漏らすわけにはいかず……私の知ることが確実な情報とも言えませんしね」


 そう思っていたからか、ダリアの答えを聞いてレセリカは少しホッとした。

 今はまだ、暗殺者だとか首謀者だとかまで考えるには心が追い付かない。まずはセオフィラスや自分の周りにいた人物のことを知り、味方を増やすことを第一に考えようと決めたではないか。


「ですが、ウィンジェイドなら教えてくれるでしょう。彼はレセリカ様の従者。貴女が命令をすれば喜んで情報を差し出します。あの者に頼るのは極めて遺憾ですが、仕方ありませんので」


 きっとそうなのだろうことはわかる。恐ろしい話だ。ヒューイの存在は貴族社会を牛耳ることも可能な力なのだ。


(だからアディントン伯爵は彼を奴隷にしてまで手に入れようとしたのね……!)


 当然、レセリカには手に余る。命令して聞き出す気もないし、情報を得てどうにかしようとも思わない。

 いつか、どうしても必要な時には聞くかもしれないが、今はその時期ではないのだ。


 レセリカはフーッと長い息を吐くと、顔を上げてダリアを見つめる。


「ありがとう、ダリア。色々聞かせてくれて。今日はここまでにするわ。なんだか怖くなってしまうもの」

「……ええ、そうですね。出来ることなら知らない方が良いことですもの。少なくとも、学園にいる間は安全です。私もいますからね!」


 そろそろお休みください、というダリアの言葉に従い、レセリカはベッドに向かう。ついあれこれと考えて怖い夢を見てしまいそうだったので、明日以降のランチタイムに思いを馳せることにした。


 これからは毎日セオフィラスとともに昼食を摂ることが出来る。それはレセリカにとって心癒される時間になるのだろうから。

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