第27話依頼内容と失言


 レセリカの考えは単純なものだ。気の進まなかったフロックハート家のお茶会に参加し、そこでアディントン家との繋がりがないかを調べてもらいたいというものである。


 アディントン家に女子はいないので、令嬢だけが集うお茶会にアディントンの者は来ないだろう。危険の少ない環境で、二つの家の関係を調べられるならそれをお願いしたいと考えた。


 ずっと不思議だったのだ。フロックハート家とアディントン家もそこまで親しい間柄ではなかったはず。

 アディントン家は現王妃の遠縁にあたる家で、領地は狭いながらも代々王家に仕える士官を輩出していることで有名な家柄だ。農業を扱うフロックハート家との繋がりがいまいち見えてこない。

 それなのに、あの時はラティーシャとアディントンの息子であるリファレットは一緒にいたのだ。それも、協力関係であるように見えた。


 今の段階で両家に繋がりがないならそれでいいのだ。あるならそれが何かを知りたい。ほんのわずかでも情報が欲しかったのである。


「なんでそんなこと調べんだ?」

「……それは言わなければいけないこと? 誰かに話す?」


 さすがにそれを聞かれて素直に答えることは出来ない。いや、正確には答えてもいいのだが信じてもらえないだろうことはわかっている。

 だからこそ、レセリカは質問を質問で返すことにした。これで何かしら事情があるのだと察してもらえるのならそれが一番いいと思うからだ。


「んなことするわけねーだろ! たとえ大っ嫌いな相手だったとしても、仕事の秘密はバラさねーよ。あー、生涯の主と決めた相手なら話は別だけど」


 レセリカの言葉に少年はやや拗ねたように頬を膨らませた。やはり誇り高い一族なのだろう。そう言った面で彼はやはり信用出来ると思えた。


「ま、言いたくなきゃそれでいいさ。簡単な仕事だし、やってやるよ」


 しかも察してくれる。こういったやり取りにも少し慣れているのだろうことがわかった。

 それはそれで、まだ子どもなのに随分と色んな経験をしているのだなと感心するやら心配になるやらでレセリカは複雑な心境になる。


 そういう彼女も一度大人になるまで人生を歩み、挙句の果てに処刑されるというとんでもない経験をしているのだが。


「……生涯の主がいるのに、ここで私なんかの頼みを聞いていていいの?」


 せっかくなので、レセリカは少年の口から出た単語を拾って気になっていたことを探る。彼の主が誰なのかまでは教えてもらえないだろうが、ヒントくらいは聞けるかもしれないという思惑であった。


「いねぇよ?」

「え?」


 しかし、答えはレセリカの予想とは違うものだった。二人してきょとん、としたように目を丸くしている。


「オレにはまだ決まった主はいねーの。そう簡単には見つかんねーよ。今探し中ってわけ。オレたちは主が見つかるまでこうして適当に依頼を受けたりしてなんとかやってるんだ」


 少年の話を聞いて、レセリカはそれもそうかと納得した。風の一族は、一度決めた主人に生涯仕えると書いてあった。それは自分の人生をかけているといってもいいことなのだ。見つけるのが難しいのは少し考えればわかることである。


「あ、お嬢サンの場合は借りを返してるだけだけどな。他のヤツには依頼料しっかり貰ってるぜ?」


 どこか人との交渉に慣れている様子なのは、すでに何件も依頼を受けていたからなのだ。そのことにまたしても納得しつつ、レセリカは感心した。


「まだ若いのに、もう働いているのね」

「……そうじゃねーと食っていけねーのっ。オレの一族は単独で動くからな。早い段階で独り立ちさせられるし。慣れだよ、慣れ」


 自分は貴族の生まれだから当たり前のように何不自由なく暮らしていたが、一般的にはそうではないのだ。幼い頃から家の手伝いをするのが当たり前なのである。

 貴族家の子どもだけが勉強や習い事の時間とお金をかけてもらえるのだ。


 少年からそう聞かされて、レセリカは自分の無知を恥じた。自分の見ていた世界はとても狭かったのだ。レセリカは、もっと街に住む一般家庭の暮らしについても勉強しようと心のメモに記した。


 それから、奴隷についても。目を逸らしていたのだ。今もあまり見たくはないとレセリカは思っている。

 でも、そういったことも知らないままでは良くない気がした。目の前の少年にその未来が待っているかもしれないと思うと余計に。


 そこまで考えたら、レセリカはどうしても聞かずにはいられなくなった。


「もし、もしもね? 誰かに無理矢理働かされることになったら、どうする?」


 この誇り高い一族の少年が、そんな立場になったらどう思うのか。その確認をしておきたかった。

 けれど、この質問を聞いた少年はスッと表情をなくす。一瞬で雰囲気が変わったのを見て、レセリカは己の失敗を悟った。


「……それは奴隷落ちのこと言ってんのか」


 それはとても低い声で、彼がとても怒っているのがわかる。レセリカは冷や汗を流した。


「ざっけんなよ? オレらは誇り高い一族だ。奴隷なんかになるくらいなら自決を選ぶね」


 レセリカを鋭い眼差しで睨みながら、少年は吐き捨てるようにそう告げた。

 レセリカはその勢いに呑まれて何も言えず、ただ少年を見つめ返している。そして、申し訳なさからフッと目を逸らした。


「……っと、悪い。もしもの話なのに勝手にキレて」


 嫌われても仕方ない、と思いかけた時、少年の方が我に返って謝罪の言葉を口にした。レセリカはハッとなって慌てて再び少年に目を向ける。少年はバツが悪そうに頭を掻いていた。


「いいえ。私が不快な話をしてしまったのが悪かったの。ごめんなさい」


 例え話でこれほどまでに嫌悪感を示すのだ。前の人生ではどれほどの屈辱だっただろう。しかも、自決した方がマシと言っておきながら従わなければならない状況にさせられていたということだ。

 それを思うと、なんとしてもアディントン伯爵に捕まらないようにと願わずにはいられない。


「……はやく、見つかるといいわね」


 それは本心だった。彼には悔いのない人生を送ってほしい。あの姿をもう二度と見たくはないと思ったのだ。

 少しやんちゃで、でも真っ直ぐな少年には悪戯っぽく笑っていてもらいたい、と。


「風の一族は、生涯仕える主人を見付けるのが喜びだって本に書いてあったから。あの、違ったのならごめんなさい。どのみち、余計なお世話だったわ」


 その願いはただの押し付けだとレセリカにもわかっている。それでも、言いたかったのだ。その気持ちのほんの一部だけでも伝わっていればそれで良かったのである。


「……いや、いいさ。ありがとな。そんな風に言ってもらえるのは初めてだから、なんか、こう……ムズムズする。しかも貴族サマがオレみたいなヤツに謝ったりして、さ。ほんと、調子狂うな、お前」

「……ふふっ」


 少年があまりにも目の前で百面相をするので、なんだかおかしくなってレセリカは珍しく声を出して笑った。

 それを見た少年は驚いたように目を丸くした後、すぐに屈託のない笑みを浮かべる。


「やっぱお前、笑った方がいいよ。美人がより美人に見えるし」


 貴族同士で交わされる、決まり切った褒め言葉よりもずっと、少年の言葉はスッとレセリカの心に響く。

 ありがとうと言いながら浮かべたレセリカの微笑みも自然と浮かんできた美しいもので、少年は暫し見惚れることとなったのだった。

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