第28話父の心配と娘の決意
レセリカがフロックハート家のお茶会へ行くと告げると、父オージアスは何度も娘に聞き返してきた。
本当に行くのか、何のために行くのかとそれはしつこく問い質され、レセリカが思わず苦笑してしまったくらいだ。
ほんの一年ほどで彼女の無表情も少しずつ改善し始めたようで何よりである。
「一度くらいは、あまり交流のない方のお誘いもお受けしようかと。それに、この時期は特に忙しくもありませんし、余裕がありますので」
「そ、それはそうかもしれないが……。少々、遠いぞ?」
「だからこそ、良い経験になると思うのです」
当然、本当の理由などとても伝えられないのでそれらしい理由を告げるレセリカ。内心では少し罪悪感に苛まれているのだが、表に出ないところがさすがである。
「しかし、フロックハート家か。表立って悪い噂はないが、少しだけ気になることがなくもない……」
「気になること、ですか?」
ただ、予想外の父の反応にレセリカは僅かに目を丸くする。
一方でオージアスは眉間にシワを寄せて難しい顔になっていた。相変わらずの強面だ。だが、決して不機嫌なわけではないことは、この家に住む者は皆すでに理解している。
「……いや、噂を小耳に挟んだだけだ。お前に妙な先入観を植え付けたくはない」
オージアスはため息を吐くように苦い顔で呟く。もはやその表情と言葉だけであまりよくない噂なのだということがわかるのだが、詳しい話をするのは避けたようだった。
そこまで言われると聞きたくなるものだが、レセリカもまた深く聞くことはやめた。事実、聞かされた場合そういった目で見てしまう気がするからだ。
すでに前の人生で植え付けられた恐怖により、レセリカは国王やアディントン伯爵のことを怖い人だと感じている。
今の段階で彼らはまだ何もしていないのだからと、出来るだけ真っ新な目で見ようと努力はしているのだが……それでも恐怖が拭えないのだ。余計な話は聞かないのが一番である。
「ただ、情報なら問題ないだろう。お前も知っていることかもしれんな。フロックハート伯爵夫人のことは?」
「あ、確か隣国の……」
答えを聞いてオージアスは小さく頷く。レセリカはフロックハート家の情報の記憶を引っ張り出す。
夫人は隣国の貴族出身だったはずだ。男爵家の娘だった彼女は嫁いでからこの国のために尽力していると聞く。実際、フロックハート家の領地では彼女の活躍により農作物の収穫を大幅に増やしたという実績もある。行動力もある有能な女性なのだ。
ただ、隣国の貴族階級は上昇志向を持つものが多く、裏切りや潰し潰されの話が絶えない。裏で醜い足の引っ張り合いが繰り広げられていることは有名な話であった。
夫人がなぜこの国のフロックハート家に嫁ぐことになったのか、その経緯はわからないが、隣国の貴族であるということだけであまり油断はならないと考えてしまう。
(けれど、噂のせいで苦労している可能性もあるわ……)
何か裏がある可能性はもちろんあるが、出身地だけで彼女の性格や考えまで決め付けるのはよくない。
レセリカだって、前の人生ではその外見だけで近寄りがたいだの完璧すぎるだの言われてきたのだ。あれこれ噂され、
(お父様が言い淀むような、よからぬ噂もあるということよね)
父が耳にした噂もあくまで噂だ。誰かが悪意を持って流したのかもしれないし、事実かもしれない。
いずれにせよ、この場で真偽はわからないのだ。考えても無駄なのだから頭の片隅に置いておくくらいが良いだろう。
「問題ありません、お父様。フロックハート家の令嬢は私と同じ年だとか。交流するのなら同年代のご令嬢と、と思ったにすぎません。もし彼女とは合わないと思えば今後の付き合い方を考えるだけですもの」
「そ、そうか」
人付き合いに関して、レセリカはドライであった。
というより友達を作ったことがないのだ。どうやって歩み寄ればいいのかわからない彼女は、基本的には来る者拒まず去る者追わずといったスタンスである。つまり受け身の姿勢なのだ。
加えて彼女は表情も変わりにくく、発言も悪意なく理路整然とした正論を突きつけがちだったため誤解をされやすい。身分も高貴であるがゆえに余計レセリカに近付こうとする者はいない。だからこそ、以前は友達を作ることが出来なかった。
自分に落ち度がある、とレセリカは自覚している。かといってどうすればいいのかはわからない。本人としても悩みの一つではあるのだ。
(親しく出来る方がいるならそれに越したことはないけれど……このお茶会で見つけるのは難しいでしょうね)
なんといっても、ラティーシャは前の人生で自分を敵視していた存在だ。彼女が最初からレセリカを敵視しているのなら、招待される人たちも彼女の味方である可能性は高いだろう。
警戒しなければならない場で、呑気に友達を作ろうなどとはさすがに思えない。
(他にも、別のお茶会の誘いを受けてみるのもいいかもしれないわね……)
フロックハート家でのお茶会はもはやレセリカにとって戦場である。
お茶会というものに嫌な思い出だけが残るのはどうなのか。質問攻めに遭うのは憂鬱だが、歩み寄らなければ前と何も変わらない。友達は難しくともせめて、他愛ない話が出来る相手を見付けたかった。
結果、あともう一件だけあまり気負わずに行けるお茶会の誘いを受けたい旨を父親に伝えるのだった。
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