第4話 修練1ヶ月

 修練を続けて,1ヶ月が経過した。その間,千雪がいるこの世界がどのようなものかが,少しだけわかった。

 この大陸は,魔大陸と呼ばれ,ここの人たちは,人間と同じなのだが,魔法を使うため,『魔族』と呼び,この世界を『魔界』と呼ぶようだ。


 1ヶ月経過したころから,師匠からもらった日用品が底をつきはじめた。1週間に1日だけ、休みの日がある。今日は,初めて師匠と一緒に村に行って,買い出しをしにいく日だ。師匠からお金をいくらかもらっているので,自分で初めて魔族語による実践会話練習ができる。

 石鹸,衣類,果物など,順調に購入できた。ただ,この場末の村で,若い女性が片言の魔族語を話すのは,ほんとに珍しく,すぐに有名になってしまった。


 お店のおばさんが,千雪に声をかけた。

 おばさん「あら?どこの奴隷の子かしら?かわいそうにね。いじめられたら,ここに助けに来ていいわよ」


 千雪は,まったく聞き取れなかったので,師匠に何を言っていのるか聞いた。師匠は,ニコッと笑って返答した。

 師匠「私が,ハンサムな師匠なので,弟子は幸せだ。しっかりと師匠孝行をしなさい」

 それを聞いて,千雪はおばさんに魔族語で返事した。

 千雪「いろいろとアドバイスありがとうございます。そのようにしますね」


 その後,村で仕事を斡旋する仕事紹介所や,レストランなどの場所を教えてもらった。今の千雪の語学力では,生活するにも不便を感じるが,2ヶ月後には,そこそこコミュニケーションがとれそうだと感じた。


 魔法の修練では,この1ヶ月が経過した頃から,48式を7分から6分に短縮し始めた。休息時間は4分となった。


 だいたい,人間がいくら修練しても,動く速さには限界がある。48式を演舞するのに,この6分で行うのが限界だ。


 この限界を超えるのが,この修練の目的だ。


 師匠「サリー(修練時代の千雪の名前)よ。この調子で,修練していくと,魔法が使えるようになるには,10年くらいかかってしまうだろう」

 千雪「えーー?なんと!10年ですか!長いですね。今,15歳だから,25歳になってしまうのですね」

 千雪は,かなりショックを受けた。だが,いまさら,止める訳にもいかない。意気消沈した声で言葉を続けた。

 千雪「でも,でも,はい,わかりました。なんとか,ギブアップしないで,がんばってみます。でも,すぐに魔法が使えると思っていたので,なかりショックでした」

 師匠「まあ,そう,がっかりするな。この魔界で行っている魔法の修業は,サリーがいま行っている方法とはまったく異なるものだ」

 千雪「そうなんですか?」

 師匠「そうだ。サリーは,今,気の流れをイメージして修練している。この気の流れを実際に感じることができるには,才能があるものでも10年はかかってしまう。私は,この『気』を『霊力』と呼んでいる。霊力を感じることができれば,それからの魔法の習得は容易だ。だが,魔族が習得する方法とは異なるものだ」

 千雪「あの,魔族の方が習得する方法は,簡単なのですか?」

 師匠「魔族が習得するのは,『魔力』だ。霊力とは異なる。魔族は,もともと魔力を持って生まれるから,魔力を習得しやすい。才能のあるものなら2,3年で習得できてしまい,初級レベルの魔法が扱えるようになる」

 千雪「私も,魔力を習得したいです。10年よりも2,3年の方がいいですから」

 師匠「それは無理だ。サリーは,地球界生まれだから,魔力は生まれつき持っていない。それなら,霊力を習得するほうがいいだろう」

 千雪「そうなんですね」

 千雪は,またがったりした。


 師匠「サリーは,10年かけて霊力を実際に感じ,かつ下腹部に霊力の核を形成させることが必要となる。だが,才能のないものでは一生かかっても無理だ」


 ここで,師匠は,一息ついて,言葉を続けた。

 

 師匠「サリーよ。心配することはない。サリーには,類まれな才能がある。霊力の才能がある」

 千雪「どうして私に才能があるって,わかるのですか?まだ,修練初めて1ヶ月しかたっていませんけど,,,」


 師匠は,ニヤッと笑って言った。


 師匠「ふふふ。そのボロボロの指輪を見なさい。その指輪は,『霊珠の指輪』という。そして,その指輪には,精霊様が宿ってる。その精霊様が言ったのだ。サリー,あなたには才能があると。サリーは,精霊様に選ばれたのだよ」

 

 千雪は,精霊様と言われても,よくわからなかった。

 千雪「精霊様って,何ですか?よくわからないのですけど」

 師匠「今は,よくわからなくてよい。人間と神の中間的な存在,とでも考えておきなさい。地球界では,『天使』に意味的に近いかもしれん。」


 千雪「精霊様って,天使なんですね。天使が何かはよくわかりませんけど,なんとなくイメージがつきました。でも,この霊珠の指輪は,なんで,こんなにボロボロなんですか?」


 師匠「そうだな。では,その指輪にまつわる話をするとしよう。精霊様から聞いたことだが,今から11年前,先代の国王が霊力の修練という,非効率的な方法に腹を立て,その指輪を粉々にして,近くの池に捨てた。だが,それでも精霊を宿す指輪は,死ぬことはなかった。1年ほど時間をかけて,見かけはボロボロでも,なんとか指輪の形に修復した。私は偶然その修復中の,ボロボロの指輪を10年前に拾った。それが精霊が宿していると分かったので,それを指にはめて自分のものとした。精霊を宿した指輪をしていると,何かしらの加護を受けられるからね。


 私はその後すぐ地方豪族の反乱鎮圧のため辺境に出向かなければならなかった。だが,その地で敵の罠にかかり,絶体絶命の危機に陥ってしまった。

 その時だ。その指輪の精霊が私に取引を持ち掛けた。10年間,精霊様の言うことを聞け。そうすれば,この危機から救ってあげると。


 私に選択の余地はなかった。精霊様の提案に同意した。精霊様の約束に従い,私はその後まもなく,時空亀裂魔法陣を起動して月本国に来た。月本語を覚えるため,そして,月本国に来てから,精霊様の指導の元で,霊力の修練を開始した。ゼロからのスタートだった。月本国に来て10年後,やっと,霊力の核をある程度の大きさに形成できるようになった。そして,1ヵ月前に,サリーがこの魔界に転送されると同時に,私もここに転送してきた」


千雪「そうだったのですね」

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