第2話 修行の前日

 千雪が目覚めると,そこは見たこともない部屋だった。木目板の壁,ベッドも木製で,机がぽつんとあった。


 千雪は,ここは夢の世界か,異世界の世界かよくわからなかったが,そのどちらかであることはわかった。


 机の上に,一枚の紙が置いてあった。それには,こう書かれていた。


 『この部屋は自由に使ってよろしい。明日の朝から修行を始める。ジャージに着替えて道場に来るように』


 この紙を読んで,千雪は異世界に転送されたと納得することにした。


 ジャージはベッドのそばに数着あった。2LDKの一軒家で,温水,風呂,水洗トイレなど,元の世界と変わらない環境が整っていた。冷蔵庫,空調も完備している。ただ,その熱源なり水源は,どれも固定式魔法陣が使われている。隣の部屋を開けると,古書が棚一杯に並んでいた。どれもまったく読めない文字だ。魔法陣が描かれているので,魔法書だということはわかる。この本が読めるのに,どれだけ時間がかかるのだろう?

 ジャージを着るにも,下着がまったくない。その辺は,おいおい問題解決していこう。タオルが多めにあったので,タオルを切り裂いて,サラシ風にして,運動しても胸が揺れないようにした。でも,もともとBカップなので,なくてもいいのだが。テレビやインターネットはないが,CDプレーヤー,カセットテープデッキ,魔法陣式湯沸かし器,炊飯器具はある。食材も数日分はあるようだ。

 部屋から出てみると,緑豊かな高原地域の感じで,遠くの山々には,雪渓が残っていた。周囲に自分が寝ていた一軒家以外には,道場とおぼしき,やや大きな建物があるだけだった。

 千雪はその建物に入ることにした。 

 千雪「失礼します。お邪魔します」

 道場らしき建物に入ると,30歳くらいで,やさしい感じのジャージ姿の男性が座っていた。

 男性「入りなさい」

 千雪はその男性とやや距離をとって,同じく正座ですわった。そして,千雪は自己紹介をした。

 千雪「私は早乙女千雪,15歳です。魔王様に指輪をいただいて,魔法を習得しに来ました。机の上に紙が置いてあって,それには,明日から道場に来なさいと書いてあったのですが、ここでよろしいのでしょうか?」

 千雪の自己紹介を聞いたその男性は,ゆっくりと口を開いた。

 男性「千雪と申すのか。だが,ここでは別の名前を使いなさい。一般的な名前がいい。例えば,サリーという名前はどうかな?」

 千雪「はい,わかりました。では,サリーと名乗りましょう」

 男性「ではサリーと呼ぶことにしよう。私のことは師匠と呼びなさい。ここが道場だ。明日の朝8時にはここに来なさい。午前中4時間,午後4時間の合計8時間程度を肉体改造,つまり武術の修練にあてる。その成果をみて,次のステップ,魔法の習得に移るかどうかを決める」

 千雪「師匠,わかりました。明日からよろしくお願いします。私が寝泊りする家には,魔法書があるのですが,読み方を教えてもらえますか?」

 師匠「あれは古代魔族文字で書かれている。月本語から直接調べる辞典はない。現代魔族語古代魔族語対比辞典、現代魔族語発音辞典、魔族語の日常会話集は,すでに準備してある。そして,私が月本国で生活している間に作った自作の月本語現代魔族語対比辞典がある。明日用意してあげるので,それらを使って独学で調べてみなさい。会話集もあるから,まずは,現代魔族語を覚えなさい。わからないところがあれば,その都度質問しなさい。基本的な文法は,月本語と同じなので,単語さえ理解できれば,さほど読むには苦労しないと思う。おいおい私たちの会話は魔族語で行うようにする。近くの村では,魔族語しか通じないので,一ヶ月くらいで簡単な魔族語を話せるようになりなさい。日用品の補充は,いずれは,すべて自分で行うようにしなさい。その他,わからないことは,都度聞きなさい」

 千雪「あの師匠,なんで月本語がペラペラなんですか?」

 師匠「サリーのしている指輪は,精霊が宿っている。その精霊様の予言があった。ここに,サリーが現れると。それも,10年も前にな。私は,精霊様の命を受けて,10年前に地球界の月本国に転移して,こっそりと月本国人に紛れて生活してきたのだ。そして私も昨日,月本国からここに帰ってきたばかりだ。すべては,サリー,お前のためだ。お前を育てる環境は,すでに10年前から整備されていた。その期待に答えてみなさい」

 千雪「えーーー!!!」

 千雪は,びっくりして,思わず声を挙げた。

 さらに,師匠から大きな旅行かばんを渡された。そこには,当面の生活必需品が詰められていた。女性物の下着類,生理用品,サラシ,運動靴などが詰まっていた。当面はこれで生活できそうだ。それにしても,大の男性が,このような女性物の備品を準備するのは恥ずかしかったに違いないと,クスッと笑った。

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