第13話 明日のための「おやすみ」

 寮に戻ると、玄関で車いすに乗った唯花が待っていた。


 三谷は外出しているようだった。


 ミナミの肩を借りる幸太郎を見るなり、唯花は心配してこちらに近づいて来た。


「大丈夫でしたか? 幸太郎君」


「ああ、なんとかな」


「すみません。私、部屋で待ってるって言ったに、先に退院しちゃって」


「いいことじゃないか。それで、今日はどうする?」


「その前に、幸太郎君に言わなきゃいけないことが……」


「余命のことか?」


「……!」


 唯花は驚いて幸太郎を見たが、少し申し訳なさそうに俯いて、静かに頷いた。


「ベルトリエから聞いたよ。だから、後悔のないように、やりたいことを全部やろう」


 その様子を隣で聞いていたミナミは、幸太郎から離れて外に出た。


「じゃあ、私はこれで……」


「ミナミ……」


 幸太郎が呼ぶ。振り向いた彼女は、愁いを帯びた表情で幸太郎を見た。


「ありがとう」


「いいよ、これぐらい。あんたも思い残すことがないようにね」


 ミナミは再び前へ向き直って、その場を後にした。


 扉を閉めると、唯花が後ろめたそうに聞く。


「よかったんですか? その、あの女性を帰してしまって」


「ミナミか? 大丈夫だよ」


「そうですか。あの人がミナミさんなんですね」


「何だ? 知ってるのか?」


「はい。幸太郎君が初めてうちに来た時に、寝言で言ってましたから」


「俺、そんなこと言ってたのか?」


「そうですよ、私、結構傷ついたんですからね」


「悪い」


「いいですよ。それで、じゃあ今日は私の好きにしていいんですね?」


「ああ、それでいい」


「わかりました」


 そう言うと彼女は、椅子の上で伸びをして、いつものように表情を緩ませた。


「せっかくの一日ですからね。悔いのないように自由にやります」


 その言葉が終わりを示唆しているようで、幸太郎の目は一瞬潤みかけた。だが、それを拭うと、扉を開けて唯花に道を開けた。


「行こうか」


「はい」




 初めに、二人はル・ブイ・デ・バーグに向かった。瑠璃が唯花に飛びついてこないか心配になったが、今日は落ち着いていた。


「あら、いらっしゃい」


 瑠璃は淡々と二人を歓迎した。


「こんにちは、瑠璃さん」


「え? 唯ちゃん?! どうしたの?!」


 瑠璃が持っていたものを落とすほどに驚いて、唯花に駆け寄る。


「また、車いすに戻っちゃった」


 唯花はにへらと笑う。


「せっかく良くなったのに」


「あれは一時的なものだよ」


「でもこれじゃあ、また病院行かないとなの?」


「ううん、もう今日でおしまい」


「え……?」


 瑠璃は目を見開いて、唯花を見つめる。


 そんな彼女の目を見つめながら、唯花は落ち着いた声で話した。


「瑠璃さん、私、明日にはお別れしないといけないみたい」


「え……え? お別れって、どういう……」


 瑠璃は救いを求めるような目で、幸太郎を見た。だが幸太郎は、彼女の目を見たまま、表情を変えずに頷いた。


「嘘……うそだよね? 唯ちゃん、ねえ……車いすでもまた来てくれるんだよね……?」


「ううん、瑠璃さん。私ね、明日死ぬの」


 瑠璃は震えていた。あまり息が吸えていない。


「だめだよ……唯ちゃん。ねえ、そんなこと言っちゃだめだよ? ねえ……」


 唯花はまっすぐに瑠璃を見て、彼女の手を取る。手を握られた瑠璃は、そこから目線を少しずつ上げていき、清々しいほどに晴れた唯花の顔を見つめた。


「瑠璃さん、今までありがとね」


「唯ちゃんっ……」


 彼女はしばらくの間、片手で口を押えながら、抱えたものを出し切るように、想いを流し続けた。その間ずっと、唯花は彼女の空いた手を、その小さな両手で包み込んでいた。


「唯ちゃん、今までウザ絡みしてごめんね……」


「今まで、たくさんほっぺいじって、ごめんね……」


「とびついて、ごめんね」─


「全然、いいよ。私の方こそ、今まで仲良くしてくれて、ありがとね」


「うん……うん……」


 乾いた涙の上に、さらに想いを重ねる者と、それを穏やかで、優しい表情で見つめる者、その二人から目を離せずに、幸太郎はじっと見つめていた。


 瑠璃は自分の涙を拭いながら、幸太郎を見ていった。


「唯ちゃん、いい男見つけたね」


「でしょ? 瑠璃さんも、早くいい人見つかるといいね」


「うるさいわ、でもありがとう」


 瑠璃は、膝立ちになって、真正面に唯花を見た。


「ねえ、唯ちゃん。最期に抱きしめてもいい?」


「いいよ。でもこれきりだからね?」


「うん……ありがとう」


 瑠璃は優しく唯花の背中に手を回し、片手で懐かしむように、名残惜しいように、愛でるように唯花の頭を撫でた。誰にも測れない、ふたりの10年分の想いが、そこにはあった。




 店を出る時、不意に唯花はタイヤを回す手を止めて、瑠璃に向き直った。


「瑠璃さん、今までありがとう。お世話になりました」


 瑠璃は店の中で何度も頷きながら、涙を流して笑っていた。





 二人はそのまま、緑崎高校前の坂を下った。


「幸太郎君、抱っこしてもらってもいいですか?」


「わかった」


 幸太郎は、唯花の左横に入り、背中を起こすと、そのまま膝下にも手を入れて持ち上げた。続いて車いすの車輪横にあったレバーを踏み、自動で折りたたむ。ただ、それでは唯花と車いすの両方を運べなかったので、申し訳なかったが唯花を担いで下まで下りた。


「悪いな、こんな運び方になって」


「いいですよ。ちょっと恥ずかしかったけど」


 再び車いすを開いて唯花を乗せると、そのまま唯花の横を歩いた。だが彼女は疲れたようで、途中からは幸太郎が後ろでゆっくりと押した。


「人に押されて、怖くないのか?」


「幸太郎君なら、別に気になりませんよ。急に速くしたりもしませんし」


 二人はそのまましばらく進んで、前にパフェを食べた「gloria」に入った。


 今日は珍しく、他に客はいなかった。


 通された窓際の席で、幸太郎と唯花は向かい合う。だが唯花は、車いすの高さや幅のせいで、テーブルから距離があり、ものがとりにくそうだったので、幸太郎はテーブルの側面に自分の椅子をずらした。


「今日はどうする?」


「そうですね、迷いますけど……やっぱりケーキかな。幸太郎君がI・Cのみんなと食べていたみたいに、私も食べてみたい」


「わかった。俺も同じものを頼もう」


 二人はイチゴのタルトとコーヒーを頼んだ。


 唯花の分は、幸太郎が一口サイズにフォークで取って、彼女の口まで運んだ。


「ふふ、またやってもらっちゃった」


 唯花が、親に褒められた子どものように笑う。


「もうちょっと取るか?」


「いいえ、ちょうどいい大きさです」


 タルトはイチゴが一粒一粒大きくて、それだけでも唯花の口には収まりきらないほどだった。生地の硬さもほど良くて、サクサクとした食感に、イチゴの舌奥を刺激するような甘さがシロップに乗って混ざり合う。


 唯花も口に運ぶたびに、内側から溢れ出る味の快感を表現するかのように、実を縮こまらせて、目を閉じながら味や食感を何度も何度も確かめていた。


 そうして何度か口に運ぶと、満足したように今度は唯花が幸太郎の口にタルトを運んだ。だが勿論、フォークで取るところまでは幸太郎がやった。タルトが載ったフォークに幸太郎が近づいて食べる。


 美味しい。美味しかった。


 唯花が顔を覗き込んで、幸太郎の反応を待つ。


「これ美味しいな」


「ですよね! これにして良かったあ」


 唯花は興奮冷めやらぬ様子のまま、フォークをもって「早く次のタルトを運ばせてくれ」とでも言うかのように、ジェスチャーで手が揺れている。


 幸太郎は唯花からフォークを預かると、また少し取って唯花に渡した。


 唯花の持つフォークに、幸太郎が近づく。だが直前まで来たそれは、幸太郎の口ではなく鼻と口の間に押し当てられた。


 フォークからは落ちなかったが、シロップがべっとりと染みつく。


 幸太郎は驚いて唯花を見上げると、彼女は腹を抱えて笑っていた。


「くっ……くっ……ははははははははははははははは……はあ」


「おい」


「いや、ごめんなさい……一度やってみたくって……ぷっ……はははははは」


 店内で唯花の声が響き渡る。他に客はいなかったからまだ良かったものの、幸太郎は店員の視線を背中に感じた。まあ、だからと言って彼女を責めるでもなく、唯花が笑っているならまあそれでも良いかと、幸太郎も頬を緩めた。





 二人ともタルトを食べ終えてコーヒーを飲む。カップはほんのりと温かかったが、唯花の手は小刻みに震えていた。


「大丈夫か?」


 彼女の手を見ながら、幸太郎が聞く。唯花は水面を見ながら、「怖いんです」と言った。


「なんでか、急に怖くなってきました。さっきまでは平気だったのに。今になって、少しずつ少しずつ終わりが近づいてきているんだなって思うと、どうしても……」


 幸太郎は自分のカップをテーブルに置くと、彼女の震える手を両手で包んだ。


「私、結構怖がりなんですよ。夜も眠れなくなるくらいに」


「そうか……」


 幸太郎の手の温度が唯花の手に伝わっていく。水面の揺れが収まるまで、幸太郎はずっとそうしていた。




 コーヒーを飲み終えると、二人は隣の花屋に入った。今日は例の店員はいなかった。


「こんなにたくさんあったなんて……」


 唯花は辺りいっぱいの花々を見回して、思わず声を漏らす。


「この間来たときは、全然気づきませんでした」


「顔、赤くなってたもんな」


「もう! いいんです。それだったら今日だって同じことしたんですから」


「そうだな」


 幸太郎は、まだきょろきょろとしている唯花を見て言った。


「花、そんなに好きだったんだな」


「はい、前も言ったかもしれませんけど、ちゃんと部屋には毎日飾ってるんですよ」


「そうだったのか」


「ええ。勿論、幸太郎君がくれたクリスマスローズも飾ってます」


 二人は、クリスマスローズと書かれた花瓶を見た。


「もう少し買ってくか?」


「いえ、私のところにあっても手入れできないですから。幸太郎君はどうですか?」


「そうだな、この花は好きだけど、持って帰るときにかさばっちゃうから、いいかな」


「そうですね。でもやっぱり、これだけお花があると、心も和みますね」


「ああ、なんとなくわかるよ」


 二人は、辺りに充満した葉のような香りをめいっぱい吸い込んで吐いた。


「ねえ、幸太郎君。前に私が、幸太郎君に助けてもらったって言ったこと、あるじゃないですか」


「あったな」


「実は、私、幸太郎君とクリスマスツリーについて話したことがあるんですよ」


「そうなのか?」


「ええ、私も昔、UDUKIを飲んでいたことがあったんですけど、その時は吐き気と共に決まってクリスマスローズが見えたんです」


 幸太郎は答えない。


「その日、幸太郎君は図鑑を読んでいました。私が覗いたら「一緒に見るか?」って言ってくれたので見ていたんですけど、ふとクリスマスローズが出てきたときに、私思わず「うづき」って言っちゃったんです。その時は何のことかわかってないみたいでしたけど、今考えれば、この花は私たちをずっと繋いでいたのかもしれませんね」


「かも……しれないな」


「何ですか、歯切れが悪いですね」


「いや、全然思い出せなくて……な」


「しょうがないです。それがあの薬の副作用なんですから。私がたまたまあの時100粒飲み終えていたのも、今思えば幸運ですね」


「……そうだな。唯花のおかげだな」


「でしょう、私のおかげです」


 唯花がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。




 その後二人は、周辺を散歩した後、寮へと帰った。折りたたんだ車いすを玄関の端に置くと、唯花の背中と膝裏を抱えて二階まで上がった。手洗いは一苦労だったが、近くにあった椅子に座らせて何とかこなすと、再び唯花を抱えて彼女の部屋の前まで来た。


「幸太郎君、やっと見せられる時が来ました」


 腕の中で、唯花が壮大なものでも見せるようなことを口にする。


「本当に、入っていいのか?」


「ええ、でなくては、どうやって部屋の中を見せられるんですか」


「まあ、そうだが」


 唯花は大きく息を吸って吐くと、幸太郎をしっかりと見据えた。


「入ってください。あなたに見せたいものがあります」


 幸太郎は、一度バランスを整えてから、膝裏に自分の片膝を当てて扉を開けた。


 中から甘い香りとともに、gloriaにいた時のような葉の香りも漂ってくる。


 正面には窓があって、壁は全て水色に統一されていた。左の壁は一面棚になっていて、一段ごとに異なる花を生けた花瓶や鉢が置かれていた。家具と言えば、窓の目にあった机と棚から少し離れたところにあるベッドくらいだった。


「どうですか? 初めての私の部屋の感想は」


「なんだか、空気が綺麗だな」


「ひどいコメントですね。他にも何かあるでしょう」


「うーん、自然の中にいるみたいな? 緑に囲まれてるなというか。思っていた女性の部屋とは少し違ったよ」


「そうですね。私は小さい時に、一面白の部屋に閉じ込められていたので、その時の反動があるのかもしれません。もっと自然に触れて生きていたいみたいな」


「なるほどな」


 一面白、という言葉に幸太郎は驚かない。


「机のところまで運んでもらえますか?」


 幸太郎は唯花に言われた通り、中に入ると、椅子を引いて座らせた。唯花は引き出しから小さな紙箱を出して、机の上に載せる。


「これは?」


「開けてみてください」


 幸太郎は一歩前に出て、そっと紙箱の蓋を取った。


 中には羽にいくつもの皴がある折り鶴が出てきた。


「これって……」


「覚えていますか?」


 唯花は、幸太郎をじっと見つめる。


「なんとなく、これは俺が作った気がする」


 それを聞いた唯花は、少しだけ目を見開いた。


「これは、俺が唯花にあげたのか?」


「そうですよ。初めて私が幸太郎君からもらったものです」


「そうか、断片的にだけど、覚えている気がする」


 唯花は箱から折り鶴を取り出すと、左手に載せて右手で羽を撫でた。


「この折り鶴は、あの日からここに来るまで肌身離さず持っていました。私の大切なお守りです」


 遠くを見つめる唯花と折り鶴を交互に見て、幸太郎の口からは自然と言葉が出ていた。


「なんか、そうやって大事にされると、嬉しいけど、少し恥ずかしいな」


 唯花が振り向く。幸太郎はなぜ突然こちらを見たのかわからずに困惑していたが、彼女は失くしていた大事なものをやっと見つけたかのような顔をして自分を見ていた。


「どうしたんだ? 急に」


「昔も、そうやって私に言ってくれたんですよ」


「全然、記憶にない」


「ふふっ、ほんとそういうところが幸太郎君ですよね」


「どういうことだ?」


「そういうことです」


 唯花はひとしきり笑って、それから幸太郎に向かって両手を伸ばした。


「ベッドまで運んでもらえますか?」


「いいけど、まだ寝るには早すぎないか?」


「なんだかとても眠くなってきたんです。明日のためにも、今日はしっかり休みます」


「そうか」


 幸太郎は、ひょいと唯花を持ち上げると、隣にあったベッドに寝かせた。だが、唯花の両手は幸太郎の首元から離れなかった。


「今日はずっと隣にいてくれますか?」


 彼女の左手が肩を伝って、手首のあたりに触れる。


「いいぞ」


 幸太郎は下りてきた手を握った。


「ふふっ」


 唯花は微笑むと、右手を幸太郎の頭に載せ、しばらくの間、髪を撫でた。


「綺麗な髪。一度こうして撫でてみたかったんです」


「どうだ? 実際撫でてみて」


「さらさらしていて綺麗です」


「ありがとう」


「ねえ、幸太郎君。まだ他にも、幸太郎君が私にくれたものがあるんだけど、わかりますか?」


「……花か?」


「まあ、それももちろん大事ですけど……まあいっか。名前です。私の名前」


「え、唯花の名前か?」


「そうです。私の名前、最初は〝唯〟だったんですけど、幸太郎君が私の好きな〝花〟をつけてくれて、それ以来は唯花になったんです。気づいてなかったんですか?」


「悪い。そのあたりも記憶から抜けている」


「そうですか。私の一番大事な記憶を共有できないのは、少し残念ですね」


 唯花は視線を下にずらすと、そのまま頭にかけていた手を下におろした。


「幸太郎君、目、合わせて?」


 幸太郎は言われた通りに、その場に座り込んで唯花の目線の高さに合わせる。


「今この部屋でやっていることは、ほとんど全部、昔、幸太郎君が私にやってくれたことです。だから、私の大事な思い出、今ここで全部覚えてね」


 幸太郎は唯花と繋いでいる手を強く握ると、深く頷いた。


「じゃあ、私はもう寝ます。おやすみ」


「おやすみ」


 幸太郎は唯花の言葉に返すと、そのまましばらく彼女を見つめていた。だが不意に手を握る力が強くなって、彼女が目を開ける。


「なんだ。てっきり、おやすみのキスでもしてくれるのかなと思って期待してたのに……」


「わかったよ」


「え? ちょっと待ってくださ……」


 幸太郎は唯花の額に自分の額を重ねた。唯花は目を瞑っていたが、いつまで経っても唇が濡れる気配はなく、目を開くと、額をつけた幸太郎が頭だけベッドに載せて眠っていた。


「なんですか、それ」


「明日の方がいいと思ってな」


 自分から近づいてみた唯花は、幸太郎が不意に目を開いたので、顔だけ少し後ろにのけぞった。


「びっくりさせないでください」


「今やってほしかったか?」


「っ……そういう意地悪言う人には一生やってあげませんよ?」


「ごめんごめん」


「ふふっ、でも幸太郎君がそういうことするとは思わなかったな」


「意外だったか?」


「そりゃあ、昔は「俺についてこい!」みたいな感じで引っ張ってくれたし、ないとは言い難いけど。でも、再会した後の幸太郎君は堅物だったからなあ」


「悪かったな」


「ううん、だからこそ私もやりやすかった部分はありますから」


「そうか」


「はい」


 ……


 会話が途切れて、しばらく沈黙が続いた。その間も二人は互いの目を見ていた。


 時計が針を鳴らす音だけが響き、繋いだ手を通して互いの鼓動が高鳴っているのを感じる。熱く、確かに繋がれたこの手のひらに、彼女の息遣いを幸太郎は感じていた。


「ねえ、幸太郎君。私、明日ちゃんと起きれるかな」


「大丈夫じゃないか?」


「なんで?」


「だって唯花の手、温かいぞ?」


「何それ、意味わかんない」


「とにかく大丈夫だ。ちゃんと手は握ってるし、唯花は明日元気に目を覚ます」


「ほんとに? 言いましたからね。私、信じてますから」


「ああ、大丈夫だ」


 唯花は繋いだ手を顔の前に近づけると、そのまま眠ってしまった。


 彼女の吐息が手に当たり、幸太郎はくすぐったくなった。時間はまだ早かったけれど、三谷も帰ってきておらず、唯花との約束でもあるので、幸太郎もそのまま寝ることにした。


 自然に囲まれているからか、それとも唯花が目の前にいるからか、幸太郎は安心してしまってすぐに瞼が下りた。


 温かな吐息が二つ重なる部屋の窓際で、クリスマスローズは満開を迎えていた。


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