デート

 僕は駅前にある公園の噴水に来ていた。今日は土曜日。普段ならまだ家で寝ている時間だ。どうして朝早くから少し身だしなみを気にしてこんなところに突っ立っているかというと、これから渡会わたらいさんとデートをするからだ(彼女がこれをデートだと認識している節はないが……)。

 ともかく、僕は11時集合の中、30分前にはここに来ていた。雲ひとつない快晴。デート日和だ。思えば女の子と2人きりで出かけるのは小学生のときでもなかった。ビッグイベントである。

 渡会さんはこれを日常にしているのだろうか。そう考えたとき、なぜか胸がチクリと痛んだ。なんだろう、この痛みは……。

 僕は生じたモヤモヤを無理やり胸の奥に追いやって、スマートフォンの内カメラで外見をチェックする。

 服装は白のインナーに青いシャツを羽織って、ズボンは紺のジーパン。髪の毛もまあ、寝癖はついてないから良しとする。最低限、ダサくはないだろう。時刻を確認すると集合時間まで5分にせまっていた。もうそろそろ渡会さんも来るかもしれない。

 心の準備をしていたときだった。


「おはよっ。待たせちゃってごめんね」

「いや、待ってなんか――」


 言葉を失った。

 女の子の私服姿というのはこんなにも男をドキドキさせるものなのか。ベージュの服と白のロングスカートをカジュアルに着こなしている彼女は、その持ち前の美貌と亜麻色のショートカットによく似合っていて、大人な印象を受けた。紅葉の広場にたたずむ姿はとても絵になっている。

 ハッとして、僕は口を開いた。


「うん、僕もさっき来たところだからさ。その、おはよう」

「ふふっ、なにそれ」


 クスッと笑む彼女には、守ってあげたくなるような、ともすれば安心するような、そんな不思議な気持ちを持たされる。

 僕は全身が熱くなるのを感じた。


「お昼まで、ここでゆっくり過ごす?」

「そうしようか」


 渡会さんの提案に同意し、僕たちは公園を歩き回った。そこまで広くもないし、待ち合わせにしていた噴水以外、特に目を引くものは無かったけれど、この時間は幸せに感じられた。

 一通り歩き回ったところで、渡会さんは僕に話しかける。


「うん、いい時間になったしどっか食べに行こっか」

「そうだね。渡会さんは行きたいところ、ある?」

「うーん、特にないかな。相模さがみくんは?」

「僕も特には……あ、近くに新しくファミレスができたからさ、そこにしない?」

「いいね、じゃあそこで!」


 と、まあこんな感じで円滑に進み、広場から徒歩10分、僕たちはオシャレなファミレスに来た。

 中に入り、店員に席まで案内される。土曜日の正午ということで席はあらかた埋まっており、次の客が数分待つことになっていたからタイミングが良かった。

 席についてメニューを広げながら言葉を交わす。


「ご飯食べたあと、なんか予定ってあるの?」

「んーん、特になんも決めてなーい」

「そっか。じゃあこれでお開きかな」

「えー、もっとなんか遊ばないの?」

「うーん……ちなみに渡会さんは他の人と遊びに行ったりするとき、どういうとこに遊びに行くの?」

「基本的にショッピングモールかなあ。でも2人きりで遊びに行くことなんてほとんどないからねえ。ましてや男の子となんて、初めてだし」

「え、そうなの!?」


 意外だった。それと、なぜか嬉しかった。


「あ、ごめん大きい声出して」


 僕は興奮を冷ますように水を一口飲んだ。


「でも、そっか。それじゃあここでご飯食べながらお話して、お開きにしよっか」と、僕。

「まあ、行くところもないし仕方ないかな」


 それに、これは(渡会さんにとっては)デートではないのだし。あんまり張り切りすぎるのもなんか変だ。

 お互いメニューを決めて店員さんを読んだ。

 店員さんは注文を受け取るとそそくさとキッチンに向かっていく。僕はそれを眺めながら水を口にした。


「今思うと、なんかこれって、デートみたいだね」

「グフッ!」


 盛大に吹き出してしまった。

 渡会さんは「もう、汚いなー」と言いながら少し顔を赤らめている。「ごめん」

 少し飛び散った水を吹いていると目が合った。お互いスッと逸らす。


「な、なんか変なこと言ってゴメン……」

「い、いや、大丈夫、気にしてない」


 嘘だ。本当はめちゃくちゃ気にしてる。


「あーっ、この店の雰囲気、いいね」

「そ、そうだねっ」


 それからはお互い気恥ずかしくなり、会話という会話をすることができなかった。注文を持ってきた店員さんが『イチャイチャすんなよ』と(心の声で)言っていたが、そんなんじゃない! と声を大にして言いたい。

 ハンバーグはジューシーで、火傷しそうなくらい熱かった。

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