渡会天音という女の子

 紅葉に色づく坂道で、渡会わたらいさんから友達になろう宣言を受けて1週間が経った。彼女との距離感は、あの日から大した進展はない。僕が仲良くなることを許容していないからだ。

 信頼するほど裏切られたときのダメージが大きい。人生柄、安寧の日々を送るには孤独が最適解だと僕は結論づけていた。実際、渡会さんと関わってから周りに関心を向けられることになっている。それは僕の超能力が僕を傷つけることを意味していた。

 けれど、今は少し揺らいでいる。世間話で見せる笑顔も、失敗して謝る姿も、恥をかいて真っ赤になるのも、僕には裏があるとは思えなかった。

 彼女となら、仲良くなってもいいのかもしれない。そんな思いが少しチラつくと、決まって中1のときのトラウマが蘇った。――そんな堂々巡りだ。


「僕は愚かだ」

「どうして愚かなの?」


 感傷に浸っていると、ヒョイと渡会さんが顔を出した。まさか当人に聞かれるとは思っていなかった。恥ずかしい。とりあえず素知らぬ顔で問い返す。


「……なんでここにいるの?」


 昼休み。僕は1人で昼食を取るため中庭に来た。人工芝に木造のオシャレなベンチがそこかしこにあるこの場所で、校舎の陰になっている端っこに位置取り、陽気な風を浴びながら弁当を食べるのが日課だったのだが……。


「なぜも何も相模くんを尾行してきたんだよ」

「なるほど、君は僕のストーカーなんだね」

「違う! ――くないのか? あれ、私ストーカーなの!?」


 あわわ! という擬音を幻視してしまった。

 ……まあ、それは置いておいて。よくもまあ飽きないなと思う。僕みたいなつまらない人間と一緒にいて楽しいのだろうか?

 隣で弁当を袋から取り出している渡会さんを横目に見て思考を巡らせる。端的にいって、彼女は一部の人から嫌われていた。まあ誰にも好かれる人間なんていやしないし、当たり前といえばそれまでなのだが、それにしたって当たりが強すぎる。カースト上位の人に対するヘイトといえばいいのだろうか。それだけではなく、彼女の眩しいほどの純粋さを目にして自分自身が醜くうつるからかもしれない。彼女には一切の下心が感じられないのだ。歪みなく真っ直ぐな女の子。それはあまりにも不自然に見えてしまう。


「僕と一緒にいて、いいの?」

「どゆこと?」

「いや、他の友達とご飯を食べなくてもいいのかなーって」

「1日くらい大丈夫だと思うよ。それに、今日は相模くんと食べたい気分だからね!」

「ふーん」


 けれど、と思う。もしも本当に、彼女がそんな純な心を持っているのだとしたら、それは素敵なことだと。魅力的な女の子だと。

 僕は頭をブンブンと振った。ほだされるわけにはいかない。信頼してはいけない。このままでは、悲しい未来が待つだけだ。

 少し、意地の悪い質問が浮かんだ。


「渡会さんってさ、嫌いな人とか、いる?」

「えっ?」


 しまった、と思った。渡会さんの表情にみるみる影が差す。こんな質問に戸惑っているようにも見て取れた。渡会さんの本音を聞きたい。そんな浅はかな理由で彼女を傷つけてしまった。しかし言ってしまったものは仕方ない。僕は後悔を胸に押し殺して渡会さんの言葉を待った。


「うーん、いて言えば人の悪口を言う人かな」

「そっか」と、僕。

「変なこと聞いてごめん」

「んーん、別にいいよ」


 渡会さんはそう言って、薄く笑った。もう、理性じゃどうにもならなかった。

 僕は、渡会天音という素敵な女の子と、仲良くなりたい。裏切られるかもしれない、なんて知ったことか。


「あのさ。渡会さん、僕と友達になりませんか」


 愛の告白でもないのにどうもむず痒く、最後は絞るような声しか出なかった。ちゃんと聞き取れただろうか?

 横を見ると、箸を口の中に入れたままの渡会さんと目があった。その姿に吹き出しそうになってしまう。渡会さんは口の中のものを飲み込むと、目をキラキラさせて、


「うん!」


 と、可愛らしく返事をした。


「それじゃ友達になった記念に遊びに行くなりご飯を食べに行くなりしない? 休日にさ!」

「うん……えっ?」


 それってデートじゃね?

 僕の脳は高速に回転を始めた。友達といえど男女2人きりで遊びに行く? これって僕に気があるってこと? そもそも僕に友達になろうと話しかけるあたり違和感があるし……でも周りの人の心の声からして渡会さんは色恋に興味なさそうだしなあ。

 僕と同じ超能力者がいるとしたら、このときの僕はさぞかし気持ち悪く映ったことだろう。

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