第33話 フレンダーズ

「センブー頼むよ。藤岡の野郎も同級生なんだろ。なんとか説得してくれよ」

 ぼくたちはセンブー塾で不満をぶつけていた。情けないことにセンブーに頼るしか術は残されていないのだ。

「あいつも言い出したら聞かないからな」

 センブーは腕組をして考える素振りをするけど、あまり期待できそうもない。

「イッちゃんどうする」学校が違う長谷川くんが訪ねる。

「うん。今回ばっかりはしょうがないかもな」

 さすがにイッちゃんもお手上げのようだ。

「センブー、電話貸してよ。石神のとこに連絡するからさ」

 イッちゃんはセンブーからコードレス電話の子機を借りると、やけに緩慢な動作で番号ボタンを押し始めた。電話が繋がるまでが試合中止のタイムリミットのようだった。誰か何かいい案はないかという無言の訴えのよう緊張感が教室内に広がって行く。

 だけど電話は容赦なく繋がってしまった。

「石神、悪いんだけどさ明後日の試合、俺たちできなくなっちゃったよ……。いや延期とかって話じゃないんだって」

 イッちゃんはことの経緯をかいつまんで説明した。

「アホッ、そんなことしたって無理だって、もう諦めろ。じゃあな」

 イッちゃんは半ば一方的に通話を切ってしまった。苦笑いを浮かべたイッちゃんが肩を竦める。

「あいつ何だって言ってた」玉井くんが言った。

「あのバカ、直接藤岡と話をさせろとか言ってやんの、俺たちとの試合がSNSでどんだけ話題になってるのか訴えるって」

「石神のそのやる気は買うけど話題になってるのは俺たちの試合じゃなくて、玉井チンと桜井の対決なんだろう、だけど石神の野郎はさ自分が火付け役だから気が気じゃないだよきっと」

 穂刈くんのディスリは健在だけど声のトーンはいつもより数段低い。

「どっか、すげえ遠いところでやったらバレねんじゃね」

 言葉とは裏腹にヨッぴんも諦めモードだ。

 遊びの延長だった野球が桃三という対戦相手が現れることにより、段々とそれが本気になり果てはプロを目指そうと言う者まで出てくるほど、ぼくらにとってこのメンバーで野球をすることは、生きがいになっていた。

 その野球が最高のクライマックスを迎える直前で、大人に取り上げられてしまったのだ。

 穴の開いた風船のようにみんなの野球に対する気持ちが少しづつ萎んでいくのが目に見えるようだった。

「そろそろ終わりの時間になるけど、今日はどうするんだ練習には行かないか?」

 センブーの誘いにみんなの反応は鈍い。イッちゃんですらまだ子機を持ったまま下を見ている。イッちゃんは責任を感じているんだ。


 センブーの家の電話が鳴った。

 もちろんイッちゃんが手に持ったままの子機も鳴り出している。

 イッちゃんは子機をセンブーに返した。

 センブーはすぐに「もしもし」と対応する。が電話の相手の声を聞くとまたすぐにイッちゃんに受話器を返した。

「さっきの彼だよ」

 石神くんが電話を掛け直してきたのだ。

「なんだよ。諦めの悪い奴だな。お前が話したって無理なんだよ……。えっ何だって!」

 イッちゃんが石神くんの話を聞きながら、ゆっくりと立ち上がる。石神くんの話に聞き入っている。イッちゃんの顔を見ていると段々と目が大きくなって、息を吸い込むのが解かる。さっきまでの諦めムードが消え去って行く。

「マジかよそれ!本当にそれができるなら願ってもないことだけど、ちょっと待ってくれ、みんなにもそれでいいか聞いてみる……解かった。また電話する」

 電話を切ったイッちゃんは、いつもの元気を取り戻していた。

「みんな石神の奴、突拍子もないことを言い出したぜ」

 石神くんの話は、ぼくたち9人全員が石神くんの所属しているリトルリーグのチームに一日だけ体験入団してしまうと言うことだった。

 入団したぼくたちは三軍として一軍と紅白試合をするというのだ。

「面白いじゃん」ヨッぴんの言葉にみんなが頷く。

「だけど俺たちが勝っちゃったらどうするんだろうな」湯田くんは早くも勝ったときのことを考えている。

「そんなことは勝ってからでいいんだよ。それよりもあいつ自身は二軍以下のはずなのにどうしてこんなことができるんだろう。俺はそっちの方が不思議だよ」

 確かに穂刈くんの言うとおりだった。石神くんの言うとおり玉井くんと桜井くんの試合がそこまで話題になっているから、一日体験入団なんてことが可能になったのかも知れない。

「みんな、石神のこの話に乗るってことでいいな」イッちゃんが言った。

「当たり前じゃねえか。藤岡の野郎ざまあみろだ。同じチームの紅白試合だったら藤岡も何も言えねえだろ」

 湯田くんの他にも反対する者はひとりもいない。

「湯田は藤岡のこと、とことん嫌いみたいだな。あれで結構いいところがあるんだけどな」センブーが肩を竦めて苦笑いをしている。

「センブー、湯田はさ金髪の件で怒られてから、ずっと藤岡に顔を見られるたびに嫌味を言われてるんだよ」と穂刈くんが付け加えると、

「なんだ自業自得じゃないか」と長谷川くんが言って、みんながどっと笑った。

 教室にいつもの元気が戻っている。

「もうなんだっていいよ。ところでさぁ俺たちのチーム名を決めようぜ」

 とヨッぴんが言い出した。

「まてまて、理屈で言ったら彼らのチームに一日体験入団なんだからチーム名を決めても意味ないだろ」

「センブー頭が固いなあ、こんなのはノリだよノリ」

「そうだよセンブー、メジャーリーグだって、二軍とか三軍でチーム名が違うじゃん」

「あぁ傘下のマイナーリーグのことな」

「じゃあ、どんなチーム名にする?」

「チームセンブー」高橋くんが挙手をして言った。しかしこれにはみんな無反応だ。

「じゃあフレンドってのはどう?」

 フレンドというのは、センブーがこの塾を開く前にこの近所で開いていたゲームセンターの名前だ。みんなはそのゲームセンターで友達になったと言う経緯がある。だからフレンドという名前には、みんな思い入れがある。

「それなら、チームなんだから『フレンダーズ』でいいんじゃね」玉井くんが言った。

「いいねっ」みんなが口々にそう言って頷く。

「決まりだな!よーしこれから俺たちはフレンダーズだ!」

 最後はやっぱりイッちゃんが締めくくった。


 次の日、石神くんがセンブー塾にやって来た。わざわざ試合用のユニホームを持ってきてくれたのだ。

「何だよこれ、新品じゃねえじゃん。サイズももっと大きいのないのかよ」高橋くんのだけは前のボタンを閉じれない状態だった。

「贅沢言ってんじゃねえよ。俺だってみんなの所に行って搔き集めて来たんだからな。だいたい一日だけなんだから我慢しろよ、それくらい」

「そうだけどよ、もし居心地が良かったら、そのままチームにいてやってもいいんだぜ」

 ユニホームに袖を通した湯田くんが言った。もちろん冗談だ。

「お前なぁ、冗談でもそんなことはうちの一軍に勝ってから言えよな、まぁ絶対に無理だろうけどな」

 石神君は、僕たちとの試合に一軍の選手をこっそりと出していたのがバレていないと思っているのだ。

「ギャハハ、その台詞忘れんなよ。石神っ」

 イッちゃんは背番号3のユニホームを着ている。

「ところでこれ何て書いてあるんだ」

 ユニフォームの胸に入っているチーム名を指さした高橋くんが鏡を見ながら頭を傾げている。穂刈くんの背番号は6番だった。

「うちは、中野ホワイトウルフズって言うんだ。カッコいいだろ」

「俺たちはフレンダーズっていうんだけど」

 18番のユニホームを着ている玉井くんが半分笑いながら言った。

「何言ってんだ。お前たちは明日ホワイトウルフズの三軍なんだからな」

 みんなが親指を下に向けてブーイングで応える。だけどみんなの表情は嬉しそうだった。ぼくはユニホームに袖を入れただけで緊張して胸がドキドキしている。

「試合が終わったら洗って返せよな」

 最後に石神くんはイッちゃんと明日の打ち合わせをして帰って行った。

 

 今日だけは石神くんに感謝します。

 だけど明日はぼくらフレンダーズが勝たせてもらいます。













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