第30話 一件落着
「オィッス。センブー、久し振り!」
圭樹がセンブー塾の教室に顔を出すのは、この春以来になる。
「おぉ来たな悪ガキ、元気だったか……。おやマッちゃんじゃないか、どうしたんだその顔、怪我してるじゃないか」
センブーはすぐに救急箱を持ってきてマッちゃんの手当てをしつつ、ことの経緯をイッちゃんから聞いた。
すると、ちょっと待ってろと言い残して奥に引っ込んで行った。どうやら電話をしているようだ。話し声が聞こえてくる。ぼくは心配になって「警察じゃないよね」と、すっかり打ち解けてしまった圭樹に言う。
「当たり前だろ、センブーは黙って俺たちのことを売ったりはしねえよ。もしそうだったら俺は今すぐ逃げるけどな」
言葉は自信満々の信頼ぶりだけど、圭樹の顔は少し引きつっている。
「なら学校に掛けているのかな、それしかなくない?」
センブーがどこに電話しているのか、もし学校だとしたら、あるいは本当に警察だとしたらどんな結末になるのか、ぼくらはあらゆる想像を巡らせて議論をする。圭樹はいつの間にか教室の入り口付近にいて、いつでも逃げ出せる態勢で座っている。
やがてセンブーがコードレス電話を耳に当てたまま教室に戻ってきた。
「じゃあこれから持っていきますよ。それじゃあ」
やけにフランクな電話の切り方だった。ぼくたちは困惑する。特に圭樹は目を大きくしている。
「センブーどこに電話してたんだよ。まさか知り合いの刑事とかじゃねえよな」
いよいよ圭樹が椅子から腰を浮かせる。きっとセンブーが「そうだよ」なんて言おうものなら本当に逃げ出しそうな勢いだ。
全く圭樹はどこまで破天荒なんだろう。そばでマッちゃんが顔色を悪くして脂汗をかいているというのに、ぼくはおかしくてたまらなかった。
「圭樹、そんなに心配しなくてもいいよ。まあ座りなさい。電話をしていた相手は被害に遭った本人のところだ」
「えっ、それって、ときわ文房具店ってこと?」イッちゃんが言った。
「ああそうだよ。あの店の店主とは同級生なんだ」
センブーはこともなげに言ってのける。教室の緊張感が一気に緩和したようになった。
「なんだそうだったのかよ。センブーも人が悪いや」
圭樹は逃げ出す態勢だった腰を下ろすと、今度は机の上に足を乗せてぐったりとして見せる。これでも精神的にはかなり緊張していたのだろう。
「センブー、文房具屋さんは話を解ってくれたの?」イッちゃんが言った。
ときわ文房具の店主はセンブーと同級生なだけあって話のわかる人だった。この件を、警察沙汰にするつもりはないらしい。しかし学校側にはそれなりの説明をしなければならない。本当であれば真実を話すべきだが、そうなると犯行グループの少年たちを大怪我させてしまった圭樹が傷害罪で逮捕されてしまう可能性も出てくる。事件解決の功労者がそれでは可哀想だろうということで、
「犯人は飼っている猫のせいにするってさ」と言うことにしてくれた。
今さら、そんなことがまかり通るのかとぼくたちは、俄かには信じられなかった。あの藤岡学年主任がそれで納得するとは思えない。とりわけ圭樹は、
「センブーもうちょっとマシな言い訳を考えようぜ」
と本気で半泣き声を上げている。
それでもセンブーは笑っていた。
「実はな圭樹、桃二の6年の学年主任の藤岡も同級生なんだよ」
これにはみんな驚いた。
ぼくはセンブーの顔と、ときわ文房具のオジさんと、学年主任の藤岡先生の顔を想像する。まさかそんな繋がりがあったなんてとても想像が及ばなかった。藤岡先生が体育館であんなに怒っていたのも頷ける。
かくして、この一件は本当に飼い猫の仕業だったと言うことになってしまった。
体育館であれだけ捲し立てて、しかもぼくらを半分容疑者扱いにした藤岡先生がどんなかたちで事件解決の報告をするのか見ものだったけど、それは校内放送によってしかも校長先生の口から知らされることになった。
猫のせいに出来たのは思わぬスピード解決の賜物だ。圭樹は確かに事件解決の影の功労者に違いないけど、真相の可能性をいち早く見出して行動に移したのはイッちゃんだった。自分の考えが全くの的外れかもしれないとは思わなかったのだろうか。考えもまとまらないで結局右往左往していたぼくとは全然違うと思った。
次の日にはもう学校の雰囲気は事件前の状態に戻り、ときわ文房具も一日休んだだけで営業を再開し、いつもの平穏な学校生活が戻っていた。
「イッちゃんは、マッちゃんのこと疑ってなかったの?」
学校帰りにぼくは、イッちゃんに訊ねてみた。
「俺が疑っていたのはゲーセンのあの連中だよ。奴らとマッちゃんがいつも一緒にいたのは知っていたけど、マッちゃんがあんなことに手を貸すことはないって確信していたし、万が一事件の共犯だったとしても何か理由があると思ってた」
「もしマッちゃんが共犯だったとしたら?」
「そのときは、やつらからマッちゃんを取り返してくるだけだよ」
迷いのないイッちゃんのこの即答に、ぼくの背筋は感電したかのように痺れだした。イッちゃんの友達を思う気持ちに善悪は関係ない、そこがぼくとイッちゃんの決定的な違いだった。決して犯してしまった罪を容認するとかじゃなくて、やってしまったことについてはそれなりの責任をとることになっても、友達は友達としてあり続けると言うことなのだろう。
マッちゃんが犯人だったらどうしようと、思考がそこまでで止まってしまっていたぼくは恥ずかしいと思った。
マッちゃんゴメンね。今度会ったらそう言おう。でもそしたらマッちゃんはきっと「一番最初に駆け付けてくれたのはカミちゃんじゃないか」って言うだろう。
そして「あんな思いをさせてゴメンね」と逆に言われてしまうに違いない。
だけど、ぼくたちはまだ子供だった。
ものごとは丸く収まったと思えても、それはある一面的なものの見方でしかなくて、思わぬところに歪みを生んでしまうこともあると言うことを、ぼくたちは知ることになる。
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