第18話 偵察

 留守番二日目になって気が付いたことがある。

 お父さんとお母さんが帰省する前に、バットとグローブを買ってくれたんだけどせっかく野球道具があっても一人でできる野球の練習はあまり多くはない。素振りをするか、壁に向かってキャッチボールをするかだ。

 今頃みんなはどこで何をしているんだろう。

 ぼくは今日は、紅葉山公園内を走ってみようと思っていた。グラウンドでは桃三の石神くんたちが練習しているとしても、公園内を走るのは構わないはずだ。ぼくは自転車に乗って紅葉山公園に向かう。文化センターの駐輪場はいつもと変わらず自転車で一杯になっている。その中に見覚えのある自転車を見付けた。恐る恐る近付いて目を凝らすと後輪のフェンダー部分に石神と書いてあるのを発見した。やっぱり桃三の連中がグラウンドを使っているんだ。

 ぼくは踵を返して公園内に向かおうとしたが自然に足が止まってしまう。彼らが一体どんな練習をしているのか気になってしょうがない。

 元気のいい声やボールを打つ音が文化センターの建物に反響している。

 好奇心に負けたぼくは桃三の練習風景を見てみようとグラウンドの方に足を向けた。隣接している児童公園からだったら、彼らに気付かれずに練習風景を覗けるかも知れない。

 児童公園に行ってみると親子連れが滑り台や砂場で遊んでいる。グラウンドとのあいだには自動車一台分ほどの道が通っていて少し遠目になるけど、これでも練習している様子は問題なく覗けそうだ。

 ぼくはジャングルジムに登って眺めることにする。少し見下ろすくらいが奥までよく見えて都合がいい。

 てっぺんまで登ると、なんと先客がいた!

 だけどぼくは、すぐにホッとして声をかける。

「穂刈くん!」

 今日の彼は白いジーンズにチェック柄のオープンシャツを着ていて普段よりも大人びて見える。しかもその手には双眼鏡が握られているから探偵みたいで格好良い。

「カミちゃんか。こっちに来いよ。ここが特等席だぜ」

 穂刈くんも桃三の練習を偵察に来ていたのだ。ぼくは双眼鏡を渡される。

「なんかこんなの使ってたら、バレちゃうんじゃない」

 双眼鏡を覗く姿は、いかにもな感じがしてちょっと気が引けてくる。

「バレたって別に関係ないだろ。覗いちゃいけないって決めたわけじゃないし」

 確かに取り決めは週替わりでグラウンドを使うというだけだから、偵察していたって構わないのだろうけど、どこかうしろめたい気がする。でもちょっとスパイになったみたいでワクワクする部分もある。

「そんなことより、あいつ見てみろよ。ユニフォームを着ている奴がいるだろ」

 穂刈くんが指を差したのは、ノックでバットを振っている人で、なぜか一人だけユニフォームを着ていた。それはきっと石神くんに違いないと思ったけど、石神くんはその人の横でボールを渡している。ユニフォームの人はコーチ?でもよく見ると、歳はぼくらと変わらないように見える。

「あのユニフォームの奴、こないだの桃三との試合で、桃三側の観客席から試合を観てたんだぜ」

「そうなんだ。ぼくたちと同じ学年ぽいけど、なんだか上手そうだね」

 ノックのバッティングも様になっていてミスがない。一塁にも三塁にも指を指して予告したところに確実にボールを打っている。もちろん外野にもだ。

「俺、ちょっと気になってネットで調べたんだけど、そしたらさ、桃二対桃三の試合が、リトルリーグのSNSでけっこう話題になってたんだよ」

「えっ本当に!でもどうして」

 穂刈くんは、どうして解らないのかという顔でぼくのことを見る。

「玉井チンだよ。玉井チンのピッチングが凄いって注目されているんだ」

 サードを守る桃三の選手がボールをトンネルして、石神くんに大声で怒られている。その風景だけでも桃二の練習とは真剣さが違うのが解る。

「前にさぁ、あてずっぽで石神たちはリトルリーグの2軍以下とか言ってディスったことがあったじゃん」

 あれを言ったのは確か、湯田くんだったような気がする。

「あれって実は当たってたみたいでさ、最初の試合で俺たちにボロ負けして、すげえ怒られたらしいんだよ。そのときに石神の奴が言い訳したらしいんだ」

「玉井くんのことを言ったんだね」

「そう、桃二にはすげえピッチャーがいて、一軍選手でも打てないだろうって。そしたら次の俺たちとの試合から桃三のメンバーに何人かづつリトルリーグの一軍の選手がこっそりと出ていたらしいんだ」

 言われてみれば、試合の度に初めてみる人がいたのを思い出す。ぼくはただ桃三の選手層は厚いんだろうと勝手に解釈していた。

「それで穂刈くんは練習を偵察しに来たんだね」

 穂刈くんはぼくの驚き顔をみて満足そうに頷いた。

「でもどうして穂刈くんはそんなに桃三の内情を知っているの?そんなこともネットで調べられるの?」

 すると穂刈くんはジーンズのポケットからスマホを取り出して見せてくれた。

「実はさ、桃三のメンバーの中に水泳教室で一緒の奴がいてけっこう仲がいいんだ。そいつと毎日のようにLINEで情報交換してる」

「すごいね穂刈くん。自分のスマホ持ってるんだ」

「そんなところに驚くなよ。それよりさ最後にやった試合を覚えてるか?」

 3対0で負けた試合だ。あの試合で桃二は初めて1点も取れなかったのだ。忘れるはずがない。

「俺たちにとってはボロ負けだった。だけどあの時の試合の桃三のメンバーは、石神とピッチャーとファースト以外の六人は全員がリトルリーグの一軍の選手だったんだぜ。しかもあの試合でも7回までは玉井チンはパーフェクトピッチだっただろ。だから話題になってるんだ」

「それって凄いことだと思うけど、ぼくたちに黙ってそんなことするなんて、なんだかムカツクね」

 それに比べたら、桃三の練習風景を覗き見することなんて全然問題じゃないと感じてきて、ぼくは堂々と双眼鏡を覗き込んだ。

「きっと、次の試合であいつも出てくるぜ」

 穂刈くんはもう一度、ノックをしているユニフォーム姿の少年を指さした。

「あの人は誰なの?」

「あいつは桜井って言うんだけど、今のリトルリーグでナンバーワンスラッガーって言われてるスター選手なんだぜ。TVのバラエティ番組とかで観たことがないか。たしか松井二世とか言われてて、もう現役じゃないけど、こないだまでメジャーで活躍していたピッチャーからホームランを打ったんだ。今じゃ、あいつの出る公式戦はネットで生中継するときもあるんだ」

「そんなに凄い人なんだ。石神くんたちはそんな凄い人がいるチームに入ってるんだ。強いわけだよ。でもそんな選手にまで注目されちゃう玉井くんもやっぱり凄いんだね」

 穂刈くんはぼくがひとしきり玉井くんの凄さに感心したのを見計らってから、口を開いた。まるでぼくの感動に水を差すようで悪いというような顔をして。

「カミちゃん。喜んでいる場合でもないんだぜ。あの桜井と玉井チンの勝負が実現したらどうなると思う?」 

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