第9話 プレイボール
日曜日の午前10時。空は快晴。
先攻のぼくら桃二ナインは一塁側のベンチに陣取っている。心地の良い風がグラウンドの土と芝の匂いを運んで来る。8人がイッちゃんを囲んで輪になった。
「じゃあこれから打順と守備位置を発表します」
グラウンドで守備練習を始めている桃三の連中が少し呆れた顔をして肩を竦めている。きっとイッちゃんの言葉が聞こえたんだ。あいつら今ごろ守備位置と打順を決めているぜ、そんな顔をしている。
「1番ファースト 湯田
2番ライト カミちゃん
3番……」
「えっちょっと待って、何でぼくが2番なの、それはまずいって」
桃三の守備練習が意外に様になっているもんだから見とれていたぼくは危うく聞き逃すところだった。ぼくが2番だなんて何かの間違いだ。ぼくは慌ててイッちゃんを止める。
「まぁいいから、いいから」
イッちゃんはそのぼくを制して打順発表を続ける。
「えーと、3番はショートで俺ね。
4番サード ヨッぴん
5番キャッチャー 高橋
6番セカンド 穂刈
7番センター 勇内太州
8番レフト マッちゃん
9番ピッチャー 玉井チン 以上!」
みんながそれぞれベンチに入ったり、バット振り始めたりする中、ぼくはイッちゃんを呼び止める。
「イッちゃん、ぼくは8番だったよね。2番なんてちょっと荷が重いよ」
「カミちゃん、ちょっとこっち」
イッちゃんはベンチから少し離れたところにぼくを促した。
「最初は人数合わせのつもりもあったんだけどさ、今のカミちゃんは誰よりも目がいいし、バットコントロールも上手いってセンブーが言ってたからさ、これでパワーがあったら俺に代わって3番に入れてるとこだったんだぜ。だから自信持てよな。カミちゃんなら大丈夫。湯田が塁にでたらバットに当てるだけでいい。アウトになっても湯田は足が速いから進塁できる。そうなったっら俺かヨッぴんがデカいのを打って点を取る。これが最初の作戦だ」
イッちゃんはぼくのお尻を叩くと、バットを渡してベンチに下がって行った。打席にはもう湯田くんが入ろうとしている。
「始めるぞ!」
キャッチャーマスクを着けた石神くんがプレイボールを宣言した。
もうどうしたって打順は動きそうもない。ぼくはバットを持ってネクストバッターズサークルで次を待つしかなかった。
右打席に入る湯田くんと視線が合う。ぼくは諦めと覚悟が入り混じった心境で頷いて見せる。
桃三のピッチャーが振りかぶって一球目を投じた。
「ストライーク!」
ボールをキャッチした石神くんが自ら判定を下した。
不覚にもぼくらはこの試合に審判がいないことに、このとき初めて気が付いたのだ。この辺りはやっぱり遊びの延長なのだ。
すかさずイッちゃんを始めとする桃二のメンバーが石神くんのもとに駆け寄っていく。それを受けて負けじと桃三のメンバーも詰めかける。本日2度目の一触即発。
「おい、おい。ちょっと待てよ。なんでお前が球審もやるんだよ。それは都合が良過ぎるだろ」イッちゃんが石神くんに詰め寄る。
「今のは誰が見てもストライクだ」
石神くんは少しも怯むことなく自分の判断の正しさを主張するが、ちょっと話がかみ合っていない。真顔の石神くんにぼくはチョット吹き出してしまう。
「そういう問題じゃねえよ。キャッチャーがボールの判定をするのは常識的に有り得ないだろって言ってんだよ。全部自分のチームが有利の判定をするのは目に見えてるだろ」と穂刈くんが指摘をする。
石神くんは少し困った顔したが、それでも怯まない。
「だいたい試合を持ちかけてきたのは桃二のお前たちだろ。その辺のルールをちゃんと決めもしねえで文句を言うんじゃねえよ」
イッちゃんが前に出る。
「打つ側が審判をひとり出すことにしようぜ、それでいいだろ」
石神くんは同意の意味で頷くが、すぐに条件を付けたした。
「あぁ、審判はお互いのピッチャーってことにしようじゃねえか。ピッチャーが打席に入るときはキャッチャーでいいよな」
イッちゃんが同意した。
「よし試合再開だ。お前ら守備に戻れ。それから今のストライクは有効だからな」
石神くんが怖い顔をして結構せこいことを言う。意外としっかり者だ。
「玉井チン、そういうことだから審判を頼む」
ようやく試合の体裁が整った。改めてプレイボールだ。
ツースリーのフルカウントから湯田くんの打った打球は二遊間を抜けて行った。
「よっしゃー、頼むぞカミちゃん!」
一塁ベースを踏んだ湯田くんが叫ぶ。
いよいよぼくの打順が回ってきた。桃三のピッチャーは投球動作も本格的で凄く速い球を投げる。それはネクストバッターズサークルから見ていてもよく解る。きっと石神くんの自信の何割かはこのピッチャーの実力から来ているのだと思う。
湯田くんがヒットを打ったとき「まぐれだ」と呟くように言っていた。
打席に立ったぼくは少し愉快になった。
ぼくはバットを構える。
1球目は手を出さない。ストライク。
振り返ると球審の玉井くんが意味深な笑みで頷く。一方の石神くんはしたり顔でピッチャーに返球をする。ぼくは益々愉快になる。
2球目。全く同じ球が飛んでくる。凄く速い。だけどぼくの目には、その気になれば縫い目模様まで見えそうだ。ぼくが振り出したバットがボールを捕える瞬間、球が歪むのがハッキリと見えた。会心の当たりと言えた。
しかし次の瞬間、打球はピッチャーのグラブに収まっていた。ピッチャーライナーだ。これでワンアウト。更にガクッとするのも束の間。
「一塁っ」
マスクを掬い上げた石神くんが叫ぶと、飛び出していた湯田くんがピッチャーからの送球でタッチアウトにされた。
本当にあっと言う間にダブルプレーになってしまった。
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