第53話 M

女将さんとの楽しいお昼の後は、また作業に戻る。

ロードミスリルの切り出しは、初めての時より上手く早くなってる。

慣れてきたのか、コツをつかめば案外早くできた。

それでも、日に4枚を切り出すのは無理だった。

最大の効果を出す対になる様に切り出すためには、2枚づつ同じ日に同じ面から一気に切り出さないと上手くいかない。

私は、残り2枚を翌日に回して、魔聖銀の加工に作業を切り替えた。

ウェントゥに取ってきてもらった魔聖銀は、昔じぃさまが見つけたものよりも魔力の密度が濃くて、所謂じゃじゃ馬だった。

天邪鬼で機嫌が悪いと、思い通りに曲がらないし、綺麗な線を描くためには嫌がられるところに彫りを入れられない。

まるで、機嫌が悪いときのじぃさまみたいで笑えて来る。

じぃさまを宥めるときのように、魔聖銀を調教していく。

飴と鞭を使い分けて、火を入れて形を整えて磨き上げると、貴族のお嬢様の様な美しさを見せてくれる。

2つ同じものを作り上げて、ふと顔を上げると声が聞こえた。

フォル爺さんと女将さんが、午後のお茶をしている様だ。

笑い声につられて、ふらふらと工房を出てお茶を貰いに行った。

「女将さぁん、私にもお茶を下さい」

私が部屋に入ると、2人が笑顔で迎えてくれた。

「キリがついたのか?」

フォル爺さんに聞かれて、一応は、と答えた。

2人とのんびりとお茶をしていると、まるでリェースやじぃさまと過ごしているような気分になった。

英気を養って、私はまた作業をしに工房に戻った。

王家に売りつける商品なのだから、美しさを惜しむわけにはいかない。

魔聖銀の土台の枠に、繁栄の意味を持つ細かい意匠を施していく。

私の意志とは言え、眼と指が細かさに音を上げそうだった。

何とか根性で1つ目の土台を作り上げると、その日は限界だった。

出していたものを片付けて、工房の掃除をする。

削り出しの時に出た粉も、残さないように綺麗に掃いて袋に入れた。

毎度結構な量が出る粉は、後でまとめて家の炉で溶かして混ぜて合金にして使用する予定だ。

こんな希少な素材を無責任にほったらかしにすることは、絶対にできない。

フォル爺さんと女将さんにお礼を言って、宿に戻るとリェースが既に夕食を買ってきてくれていた。

ありがたく食べながら、お互いの成果を話し合った。

お留守番をさせていた3匹を2人で構いながら、リェースと3匹を遊べる場所に預けられないだろうかと相談した。

3匹の不満が、なかなか溜まっていた。

体が大きくなったからなのか、運動量が少ないと肉体的にも精神的にも、私たちの睡眠時間的にも良く無い様だ。

かまってくれと、ずっとくっついて回るので寝るに寝れなくて、これが長く続けば私達が睡眠不足になりそうだった。

明日の午前中、一度ラスバルさんに相談しに行くことを渋々ながら決めて就寝した。


翌日、私たちは3匹も連れて、ラスバルさんを訪ねて詰め所に向かった。

来る前に大変なことが起きているらしいと聞いていたから、リェースと宿屋の女将さんにお願いして焼き菓子を作ってもらった。

せめてものお見舞い?になるといいな、と思う。

詰め所でラスバルさんの所在を聞くと、しばらく仕事を休んで家にいると言う。

私たちは、口ひげ門兵さんに場所を聞いて、ラスバルさんの家に向かった。

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