第31話 幕間 甘やかしたい大人たち
魔物の氾濫を討伐しガングリードへの凱旋を果たしたアグリ達冒険者の一行は、広場でのなし崩し的な凱旋の宴に興じていた。
綺麗な温かく濡れた布で顔を拭き、手を拭き、温かい炊き出しに一気に緊張がほぐれて「帰ってきた」と感じていた。
酒が出てくる、飯が出てくる、誰も彼もが自分を称え礼を言いに来る。
命を懸けて氾濫を食い止めた甲斐があったと、自分ですら自分を褒めたくなる。
お前は頑張った、お前はやり切った、お前がこの街を守ったのだと気が大きくなっていた。
自分が守った象徴でもある街の住人達からの、酒と飯の用意は本当にありがたかった。
アグリの視線の先には、粛々と酒を補充し、食事を運ぶ少女たちがいた。
マインとリェース、2人が無事に街に避難したと連絡があった時は、どれほどほっとしたことか。
まだ15歳の女の子が2人と従魔2匹だけで人里離れた森の中で、生き抜くことを想像しただけでゾッとした。
もしそれが自分の娘だったら・・・そう考えて、自分の娘は嫁に行って元気で良かったと心から思った。
良かったと思う反面、視線の先の少女たちが不憫でならない。
赤子の頃に肉親に捨てられ、養ってくれた養父は他界。
数年を独りぼっちで暮らしてきたと聞いた時は、胸が潰れそうなほどに痛んだ。
「アグリ、ラスバル、飲んでいますか?」
街で一番大きな紹介を商うボロス、王都からも引き抜きがあるほど有能な薬師協会長マグリッドが俺と隣に座るラスバルに、新たな酒を持って来て声を掛けた。
「あぁ、たらふく飲んで食ってるさ。お前の所からも随分上等の物が出てるじゃねぇか。いいのか?俺たちに食わせちまってよ」
「いいんですよ。全員が無事に帰ってきてくれたことで、救われた命や救われた気持ちがこの街にはたくさん溢れているのですからね」
俺の言葉にボロスは、俺が見ていた方を視線で示した。
「あぁ、そうだな。あの子たちが、辛い思いをしなくて良かった。特にこんな奴のためじゃなくて良かったよ!なぁ、ラスバル!」
俺は、すました顔で酒を飲みながら、ずっと目がマインを追いかけている隣のど変態の首に腕を回して引っ張ってやった。
「やぁめろっ!おっさんに絡まれても全く嬉しくない。離せ!」
この細いエルフは、見た目に反して案外力がある。
ペッと、腕を離されてしまった。
「ったく・・・この酔っ払い中年がっ!」
「あ?俺が中年だってなら、お前はくそじじぃじゃねぇかっ!くそエロフが」
ふんっと子供の様にお互いにそっぽを向いて、酒を飲む。
なんだかんだ俺が冒険者になったころにはもう副隊長だったラスバルとは、長い付き合いだ。
「私は、あの子たちが心配です。どうしたら、安心して街に居てもらえるのでしょうねぇ・・・」
唐突に、ラスバルが話し出すと我も我もと色んな奴が集まった。
俺は、お前が言うなと思いながらも頷いた。
マインもリェースも、冒険者達からは人気だ。
すらっとした美人のマイン、小さくて守りたいと思わせるリェース、あと五年もしたら誰もほっとかない女になるだろう。
少なからず、今から仲良くなっておきたいやつもいるだろう。
ボロスがすっと目を細めたのを、俺は見逃さなかった。
何人かは後で、痛い目に合うだろう・・・可哀そうに・・・
ボロスは、元腕利きの冒険者だ。
未だに、こそっと鍛えているのを知っている。
「わしも、マインには街に居てもらいたいのう。あれはいい技術を持っとる。流石ドワーフに育てられただけはある。五年もしたら暖簾分けしてもいいと思えるほどじゃ。」
こそっと混ざっていた、マインが工房を貸してもらっている鍛冶屋のフォル爺が何気なく囲い込もうとしている。
「私だってリェースに、薬師としての才能をバシバシ感じてるわよ。」
フォル爺の言葉に、酔っ払いばばぁと化したマルグリッドが食いついた。
俺は、なんとなく危険を感じてすっと身を引いた。
案の定、酒癖の悪いじじぃとばばぁの罵り合いが始まって酒の入ったカップが飛び交うまでもう少しだ。
もう一人の酔っ払いじじぃのラスバルは、そっと移動していた。
こうゆう時は、存在感を消すのがうまい男だ。
俺は、ボロスと2人で酒を持って移動しようとして2人揃ってマグリッドに捕まった。
結局三人で、どうしてあげることが出来るのか談議に突入した。
結果はボロスとマグリッドが、五年契約で囲い込む作戦に決まった。
俺は、盛り上がる2人の話をただ聞いていただけだが・・・
とりあえず、マインとリェースに群がりそうな悪い虫の注意はしておくようにと、進言だけはしておいた。
ボロスがにっこりと微笑んで酒を飲み始めたばかりの御者に何かを話しに行った。
「コチャ、悪いがしばらくは少女2人の護衛兼足です。明日は念のため、朝から迎えに行ってくだっさいね。」
御者のコチャは、簡易的に出されていた机にそっと酒を置いて帰って行った。
こんな理不尽な主に拾われたコチャが、あまりにも可愛そうで今度いい酒をご馳走してやろうと心に決めて、俺は飲んだくれたちを放置して家に帰った。
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