第29話 R
結局、4人とは無事を確認できただけで、ゆっくり話をすることは出来なかった。
マインは一番に話が聞きたかっただろうに、何も言わずに炊き出しを手伝っていた。
私とマインは、明日でもいいかなと相談して、まだまだ終わりそうに無い凱旋の宴からそっと宿に戻った。
みんなが無事でよかったと心穏やかに眠りについて目覚めると、食堂には既に外で食べてるように誂えられた朝食の籠をもった御者さんがいた。
丁寧に頭を下げて、優しい笑顔で容赦なく私達を馬車に押し込むこの人は、マインが何度聞いても名前を教えてくれない。
曰く、「私は使用人ですから、そうかお気遣いなくお過ごしください。」だ、そうだ。
ただそう言われる方が興味がそそられてしまって、いつか名前を聞き出してやろうと思ってしまうのは仕方がないことだ!とマインは躍起になっている。
「今日、何ある?」
私は御者さんに小さく尋ねたが、「お楽しみです」とにっこり微笑まれて大人しく座っていることにした。
最近分かったことは、マインとイオルが御者台を好きなこと。
風が頬を撫でて通り過ぎるのが気持ちいのだとかで、毎回御者台に上がるから御者さんは少しうんざりしているかもしれないと、笑えてしまう。
私とスフェルは、ルフトゥの籠と共に中で座っている方が好きだ。
いつかルフトゥが大空を翔るほどに大きくなるまでは、この2匹を撫でながら束の間のもふもふを楽しみたい。
ほどなくしてボロスさんのお店に到着すると、マインが馬車の扉を開けて手を差し出してくれる。
王子様とお姫様みたいだと、ほんの少しドキドキするのは内緒にしてある。
いつも通りの応接室には、既にボロスさんがいた。
「いらっしゃい、2人とも。ここで朝食を、どうぞ。」
そう言われて席に座ると、私の手元にないのだけれど・・・と思いながら用意されていたお茶を頂いた。
お茶が喉を通ってお腹に優しい温かさが届くころ、持ち運び用から綺麗にお更に乗せ直された朝食がやってきた。
温めなおされていて美味しく、私達はありがたく頂いた。
「で?今日は、こんなに早くからどうしたの?それに、氾濫が終わったら馬車もなくなると思ってたよ。」
食後にサッパリとしたお茶を頂きながら、マインが訪ねた。
「いや、あまりにも彼らが持って帰ってきたものが多くてね。2人に朝から頑張って手伝ってもらおうと思ったんだよ。あとは、仕事の話もしたかったしね。」
私達を一日中拘束するために、朝も早くから馬車を出してくれたらしい。
先ずは、話からとマインとボロスさんが魔法を付与した装飾品をいつどれだけ作れるかの相談を始める。
大量の発注と付与、販売や開発など、なんだかんだで話は昼近くまで続いた。
マインは、ボロスさんと五年間の専属契約に年間2500万ネルの材料費、その内1割は研究練習費として自由に使用可。
意匠などの指示と、最低限さえ数を作れば、居場所も工房も自由。
売り上げによって、年に1回は賞与としての特別支給も考えるとのこと。
あとは、付与を頼むのは私だけで、1件につき1500~2000ネル程度を私に支払うこと。
それと、マインが作った証と私が付与した証を刻むことを約束させられたくらいで、マインはあまりの好条件に困惑していた。
「なんでそんなに良くしてくれる?女の生産者は珍しいとは言え、居ないわけじゃないのに。」
マインの疑問は、尤もだった。
「先ず、養ってくれる人がいない未成年だから。あとは、小さいころから知っている子だから。それに、君の技術は本物だから。それから、これからの女性の社会進出の先駆けになってもらうため。って、所かな。これは、私だけでなく君たちを知っている大人全員の合意の結果だよ。」
ボルスさんは、あまり公私混同をする様な人ではないけれど、思う所は多々あったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます