第8話 M

リェースさんに教えて貰って納得して笑顔になった瞬間、気が付いて凍り付いた。

ここから一番近い大きな街「ガングリード」まで、馬で飲まず食わずに飛ばして3日かかることに。

その間の子虎の食事とか、鳴き声とか・・・ダメだ・・・頭が痛い。

私と同じことに気が付いたらしいリェースさんが、私の向かいで俯きながら頭を振っていた。

「リェースさん、とりあえず、色々試させてもらえませんか。さすがにまだ痛くて、早くても馬で3日とかだと、ぶっ通しで走れないです。」

私の傷を思い出したのか、リェースさんはブンブン音を鳴らして首を縦に振ってくれた。

「食べ物、わかると一安心。色々、用意する・・・」

任せてと言わんばかりに、請け負ってくれる様子は頼もしくて、ちょっとかわいい。

話し合った結果、二人で子虎のお世話をすること、リェースさんは食材探しに勤しむこと、私はけがの回復に努めること、名前を決めることが決定した。

いくら魔獣でも、毒があっても、独り立ちまで育てると決めたからには必要だと思うと、リェースさんが力説していた。

リェースさんは物知りで、古い言葉で毒を意味する「イオル」はどうかと提案してくれたので、カッコよさも気に入ってそのまま「イオル」に決定した。

「イオル。君の名前は今からイオルだよ。もし、お母さんが名前を付けてくれてたら、それも忘れないで覚えておいてね。でも、私達は君をイオルと呼ぶよ。一緒に頑張ろうね。」

私が、イオルを抱っこして話しかけるとイオルは満足げに私の腕に手を掛けて大きなあくびをした。

それから今日までの10日間は、イオルの世話とケガの具合を見ながら体を動かす訓練に勤しんだ。

ひどかったのは、イオルの食べ物探しと大食い。

リェースさんと私、そしてスフェルまでがぐったりとしていた。

最初の2日は大人しく魔ヤギの乳と乳粥を食べたものの、3日目からは見向きもせず、ベリー系の果物は嗜好品程度に少しは食べるものの、野菜は全滅。

やっとの思いで5日目にして辿り着いたのは、好みが生肉一択という結論。

それもかなりの大食漢で、私たちが2人と1匹で食べる量の3倍を毎食まだ小さな体に飲み込んでいく。

骨と皮さえ剥けば、内臓ごと綺麗に消えてしまう。

スフェルの協力の元、私の訓練もかねての鹿狩りがここ数日の日課になった。

8日目の夜のヨチヨチ歩きがしっかりとしてきて、私の元に駆けてくる様子は私とリェースさんの癒しとなったけど、追いかけまわされる様になったスフェルにはいい迷惑の様だ。

リェースさんの献身的な看病で、私の背中の傷の痛みは消えて皮膚が再生した。

イオルも私とスフェルの駆け足にもついてこれるようになって、朝ごはん前の運動が楽しくなってきた。

リェースさん曰く、今日の朝はイオルの牙に毒腺が確認できたとの事だった。

体力もそこそこ付いたことだしと、今日はスフェルを先頭にイオルを連れて全員での森の探索となった。

しっかりとした足取りで森を歩くイオルは、威風堂々としていて、母親のように強くなるだろうと感じさせてくれる。

いつか来る別れのその時には、私はきっと泣いてしまうだろうな。

魔獣の成長は早く、親離れはすぐだと、リェースさんに教えて貰った。

もうすぐにでもイオルも一人で狩りに出て、私の元を離れていくのかと思うと勝手に目頭が熱くなる。

リェースさんの薬草と、イオルの食事用の森鹿と魔化狸・魔飛び兎を仕留めて私たち用の果実を少量収穫して戻った。

リェースさんと2人で、せっせと獲物を解体する。

「マインさん・・・街、行く?」

ふいにリェースさんが、話しかけてくる。

その声が何か重く聞こえて、きっと言い難いことを言わせたんだと思えた。

そろそろ切り出さなくちゃと、本当は思っていた。

ここでの暮らしが楽しくて、最初の目的も忘れるほどに馴染んできてしまった。

リェースさんも最初より言葉数も多く、詰まることも少なくなって、仲良くなれていると思えてきていた。

スフェルとの狩りの連携も、上手くいくようになって楽しくなっていた。

共にイオルを育てるのだと、勝手に思い込んでいた。

2人と2匹の生活が、もうずっと続いているような気でいた。

彼女の負担になっているのは考えればわかることなのに、私は都合よく考えることを忘れた。

「そうですね。おかげさまで怪我も癒えたし、長々とお世話になりっぱなしって訳にもいかないし。午後からは、イオルを連れて森を出る準備に取り掛かります。」

一瞬で噴き上げてくる色々な気持ちを喉の奥に閉じ込めて、笑顔を作ってこたえる。

リェースさんは、少し考えていた様子だった。

その後は、解体作業が黙々と進んだ。

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