第4話 M

森の中は案外、音がする。

葉っぱの風に揺れる音、鳥の鳴き声、獣の足音、風の声。

鉱山よりもかなり賑やかで、変に安心する。

自分ではない存在の命を、感じる。

「私、だいぶ寂しかったんだ。独りぼっちになって、追い出されて。」

言葉にして口から吐き出すと、その気持ちが体から出て行って、少し寂しくなくなった気がした。

森の入り口から真っすぐに進んでしばらくすると、小さな果実の生っている木を見つけた。

落ち葉や枯れ木に倒木、一見寂しい景色なのにじぃさまを思い出してほっこりした。

果実を一つもぎって、丈夫そうな倒木に腰かけて齧ってみた。

「すっぱ!!!」

あまりにも酸っぱい。顎の付け根の耳の下の辺りがぎゅ~っと痛くなった。

バタバタと手足を動かして、なんとか酸っぱさと痛みを逃がしたかった。

革袋から、残り少ない水を一気に飲み干したくなる騒動を抑えて口を漱ぐ。

痛みと一緒に、涙が零れ落ちていた。

何とか痛みからは立ち直って、森をなめていたと落ち込んだ。

じぃさまから聞いた知識には、酸っぱさがどれほどかなんて教えて貰ってない。

じぃさまが死んだ後の事なんて、じぃさまが死ぬまで考えもしなかった。

私は知らないことが多すぎる。

森の歩き方も、他人と仲良くする方法も知らないや。

知っているのは、家事と彫金や細工の仕方に採掘や鉱石の事くらい。

今の私は、鏡を見なくてもわかるくらいに情けない顔をしている。

じぃさまにまた「力は強いくせに、泣き虫だな」って、笑われるかな。

どうせなら、また頭を撫でて貰いたい。

思い出して、ふっと笑顔になった自分に驚いた。

大丈夫、笑える。

気を持ち直して、膝に手を当てて立ち上がった。

水のにおいがする方へと歩き続ける間に、野兎を二匹仕留めた。

自分が鬼人であったことと、じぃさまの作った小剣の切れ味で運よく仕留められた。

野兎の俊敏さについていける鬼人であることに、初めて感謝した。

血が滴らない様に、革の防水袋に入れて急いで川を探す。

森の中で不用意に仕留めた獣の解体をするのは危険だと教えられてはいたが、これほどに危険だということを今日初めて身をもって知った。

野兎の血の匂いに釣られたであろう他の獣の気配が、次第に近づいてくるのだ。

気配が近づくたびに心臓が締め付けられるような恐怖に知らず知らずに小走りになっていた。

パッと視界が開けて、小川を目の前にした瞬間に膝が笑った。

笑っている自分の膝に笑いながら、川に野兎を袋から出して水に漬けた。

周囲の血の匂いが明らかに薄まって、獣の気配も次第に遠のいていった。

ふぅ~と詰めていた息を吐くと、血抜きの終わった野兎の解体を始める。

獣肉は、じぃさまの好物で御馳走だった。

今日は、独り占めでかぶりつける。

皮を剥いで内臓を取り除いたら、切り離した頭と内臓を掘った穴に埋めた。

鍋いっぱいに水を汲んで、一匹分の肉を干し肉用に回すことにした。

もう一匹分は、今日の夕飯に岩塩で焼いて食べることにする。

気が付けば、日が陰りだす頃合いだった。

大急ぎで寝床になりそうな太い幹の木を探して、根元に寝床を作って食事作りに励んだ。

じぃさまが何処かから仕入れてきた乾燥して丸まった草に火をつけて、獣除けにする。

煙は多いが燃え尽きるまでに時間がかかるこの草の煙を出しておくと、匂いを嫌う獣たちは近寄ってこない。

煙に少し目をシカシカさせながら、干し肉用に塩水に薄切りにした肉を漬け込んだ。

寝床作りの時に集めた枝たちに火をつけて、塩と持ち出してきた香草と香辛料の粉末を擦りこんだ肉を焼く。

いい匂いが辺りに充満して獣除けが効くのか不安になるも、食欲が勝ってしまった。

焼けた肉にかぶりついてから、嚙みちぎって嚙み砕く。

はじめての森の真っただ中で独りぼっちでも、お腹は空くし、肉は美味しい。

思いがけなく満腹になった幸福にしばらくぼーっとしてしまう。

眠ってしまう前に、漬けた肉を干さなくては。

蔦類のツルに肉を重ならない様に干していく。

この森は、湿度も温度も快適で過ごしやすい。

美味しい干し肉になりそうで、嬉しい。

ほんのりとした幸福感を抱いて、眠った。

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