第3話 R

丸くて小さな真っ白な毛玉が私の目の前を、嬉しいそうに飛び跳ねている。

ケガの様子を見るために3日ほど様子を見たけど、窓辺で切なそうに耳を垂らしている姿を見て、今日は一緒に外に行くことを決めた。

森の奥まで行かずに、手前の辺りで化膿止め用の薬草が採れたらそれでいいかな。

まん丸の体に長い耳、どんぐりみたいな目、小さい前足と前足の数倍の後ろ脚とあるか分からないほど小さなしっぽ。

〇と線だけで、似せ絵が出来そうなこの毛玉は、ちゃんと魔物だった。

ばぁさまの残した本によれば、魔飛び兎と言うらしく、脚力の強さが主な特徴。

可愛らしい見た目に反して、敵対勢力には好戦的な魔物らしい。

毛皮がそれなりの価値になると書いてあったが、流石にそれは出来ないな・・・

家を出て、森への小路を進むと魔飛び兎が飛び跳ねながら私を見上げる。

何があったのかと小首を傾げると、脇道へ逸れていく。

私は、慌てて後を追いかけた。

脇道の先は、小さな広場になっていて、休憩や日向ぼっこに丁度いい。

休憩がしたいのかと思ったら、違った。

奥に、死んだ野生の鹿の遺体があった。

死んだ直後なのか、まだほんのりと温かかった。

「あなたが倒したの?」

声をお掛けると、毛玉は「どや~」っと自慢げに、私を見上げた。

可愛い・・・・・けども、だ・・・どうしようかな?

私が立ち尽くしていると毛玉は、くるっと小首を傾げた様に見えるしぐさで飛び撥ねている。

まるで「早く食べて?」と言わんばかりの飛び跳ね具合。

恩返し?可愛いけど、嬉しいけど、解体するの?ここで?せめて水場の近くが良かった・・・

「ありがとう。すぐに家から解体用の小刀持ってくるね。待っててね。誰かに取られない様に見張ってて欲しいな。」

そう言うと、わかった!とでも言う様に空中で後ろ向きにクルッと一回転して見事な着地を見せてくれた。

私は、走って小刀を取りに行って、保存に使う大きな葉を何枚か取りながら戻ってきた。

丈夫で大ぶりの枝のある木の下に穴を掘って、枝に鹿を吊るして血抜きをする。

結構な重労働だが、毛玉が手伝ってくれて何とかなった。

魔力で水を精錬しながらの解体中、魔飛び兎は面白そうに様子を見たり、飽きて近くになっている果実を落としてみたり、見事な一人遊びで暇をつぶしていた。

角と皮と骨は素材に、肉は塊で葉に包んで食用に、内臓は・・・燃やす?

ちらりと毛玉を見ると、キラキラした目で私を見る。

「食べる?」

そっと毛玉の前に内臓を置くと、凄い勢いで飛び込むように食いついた。

あぁ・・・真っ白な体が・・・鹿の血に染まっていく・・・

直ぐに毛玉を洗うと決意して、食べ終わるのを待つ間に片づけを始めた。

素材となる部位の浄化と道具の洗浄、抜いた血を燃やし、におい消しの草に火をつけた。

どこに消えたのか、鹿の内臓は全て毛玉のお腹に収まったようだ。

毛玉を洗って、乾かして、今日の予定の薬草を取りに向かった。

満足げに飛び跳ねる毛玉を見て、話しかけた。

「ねぇ、ずっと一緒に暮らす?私一人暮らしだし、あなた強そうだし。良かったら名前も付けさせてほしいし。どうかな?」

くるっと振り返った毛玉は、ぴょんっと私の肩に飛び乗って、頬ずりをしてくれる。

了解の意味でいいんだよね?

「ありがとう。あなたの名前は、何がいいかな?ぴょんた?ぴょんこ?」

明らかに、名前の候補に気に入らない顔をして私の頬を小さな手でぺちぺちと叩いてくる。

可愛いし、別に痛くないけど、気に入る名前が出るまで殴られそうなので真剣に考えなくては・・・

確か、魔飛び兎の性別の見分けは足裏の肉球の色だった気がする。

この子は茶色・・・オスだな・・・男の子かぁ・・・

まん丸、真っ白、もふもふ、男の子、魔飛び兎・・・

「スフェル、で、どうかな?だめ?」

古い言葉で、輝く球体を意味する言葉なんだけど気に入ってくれるだろうか?

今までの様なぺちぺちではなく、ぽんぽんと私の頬に手を当てている。

どうやら気に入ってくれたらしい。

「スフェル、よろしくね!!」

私はスフェルの小さな手を取って、握手をした。

2人で機嫌よく薬草を採取して、スフェルの寝床の改善のための計画を話しながら帰った。

スフェルは、案外好き嫌いがはっきりしていて有難い。

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