第2話 M
今日も、1人で採掘の予定だった。
じぃさまから受け継いだ採掘場の手前で、近くの集落のドワーフの若者が3人、大魔イノシシと戦っていた。
私は、とっさに走り出して大魔イノシシの横腹辺りに体当たりした。
大魔イノシシは、横からの突然の攻撃によろめき、たたらを踏んでこちらを見た。
今の私には、ツルハシしかない。
いくら鬼人で体力腕力脚力がドワーフより強いとは言え、武器も防具も無ければまともに戦えない。
大魔イノシシとの睨み合いの中で横目で3人が鉱山の方に走り出すのを確認してから、反対側に走り出した。
途中で木の根に足を取られて転んで膝に擦り傷を作った。
大魔イノシシは私目がけて猛突進の予備動作をしている。
余程慣れている人が、完全に見切らない限り正面からの反撃は出来ない。
私には無理だと分かっているから横っ飛びで避けた。
案の定、見切が甘くて太ももに牙がかすって切り傷を作った。
痛みに顔をしかめながら気配を辿ると、大魔イノシシは反応がなかった。
そのままどこかに行ってしまったらしい。
ほっと息を吐いて、痛みを再確認した。
「しまった、結構痛い・・・」
擦り傷のある膝とパックリと切れた太ももを見ると、血が滴っていた。
そこそこのケガに顔をしかめても歯を食いしばっても、痛いものは痛い。
カバンから小さな布を出して、革袋の水筒の水を含ませた。
そっと膝に押し当てて血を拭き、そのまま太ももの傷に当てる。
別の乾いた布を太ももに当てて、細長く裂いた服で縛り付けた。
自分で応急処置をしながら、涙が出てきた。
慰めて手当をしてくれたじぃさまは、もういない。
谷の岩場に引っかかっていた赤ん坊の私を、見つけてくれた人。
自分とは違うと知っていながら、何も言わずに育ててくれた人。
彫金も細工も目利きも家事も、人付き合い以外の事は何もかも教わった。
じぃさまははぐれのドワーフ、私はドワーフでは無い捨て子。
はぐれ者同士、1年前までは2人だった。
今は、老衰で死んだじぃさまに残された私が1人。
しばらくすると、だいぶじんじんする痛みに慣れてきた。
今日の採掘を諦めて家に戻ると、玄関の前にさっきの若者3人と村長さんが待っていた。
「無事だったんですね。良かったです。」
「お前、こいつらの獲物を逃がしたそうじゃないか。そんなことでは、困るんだ。悪いが、この村から出て行って貰えないか。集団行動が出来ない者を養う余裕は村にはないんだ。」
私の言葉に、返されたのは追放の言葉だった。
頭に疑問符が浮かんで、黙り込んだ私に若者が追い打ちをかける。
「お前は、ドワーフじゃないし、じいさんも死んだ。お情けは1年かけてやったんだし、出て行けよ。あの大魔イノシシだって、時間を掛ければ倒せたし、滅多にない御馳走だったんだ。お前のせいで、俺たちはまた肉がお預けなんだよ。組合にも来ないくせに、鬼は仲間じゃねぇ。」
その言葉を皮切りに、3人が口々に私を罵る言葉を吐き捨てた。
「ともかく!マイン、お前はこの村から今日中に出て行きなさい。従わなければ、この家ごと壊すことになる。」
村長はそう言って、3人を引き連れて帰っていった。
家に入って、言われた言葉を反芻する。
助けられたくせに、文句を言う。
組合に加入するなと、じぃさまに言い放ったのは村長だ。
お情けなんて、一回も掛けて貰ったことない。
じぃさまが死んだときの葬儀だって、村の教会すら行かせて貰えなかった。
今まで、一人で大丈夫かって聞かれたことも無い。
私がドワーフではなく鬼人なのは、私のせいじゃない。
なんでそんなに言われなければいけないのか、私にはわからない。
悲しみと怒りと孤独を何とか飲み込んで、荷物をまとめ始めた。
こんな村、滅びてしまえばいい。
大魔イノシシの大群に、蹂躙されてしまえばいい。
そう思いながら、じぃさまから受け継いだ仕事道具と作りためていた装飾品類をじぃさまの魔法カバンに、衣類・調理器具などの生活用品を大きな背負いカバンに詰め込んだ。
零れ落ちる涙は、カバンには入らずに床にシミを作っていた。
出て行けと言われても、どこに向かえばいいかもわからない。
この村の人以外には一人しか会ったことが無いし、村の外には一度も出たことがない。
とぼとぼと、鉱山に向かった。
知っている場所など、家の他にはそこしかなかった。
鉱山で寝泊まりして3日目、流石に体中がバキバキと音を鳴らした。
冷たい石の上で寝ることは、寝ていても体力を奪うのだと初めて知った。
簡易的な干物での食事も、私の胃袋を1回分も満たせない量しかない。
私は、覚悟を決めて食べ物を探して森に入る決意をした。
鉱山を挟んで、村と反対側の森。
じぃさまには、なるべく近づくなと言われていた。
それでも、今は森の果実や川の水が欲しい。
じぃさまに教えられた魔力の乏しい私でも使える呪符での隠蔽結界を鉱山に巡らせてから、背負いカバンをよっと担いだ。
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