魔女っ娘と鬼っ娘

あんとんぱんこ

第1話 R

今日の森は、とても静か。

穏やかに差し込む木漏れ日も、遠くで聞こえる魔鳥のさえずりも、午後の森に溶けていく気がする。

とっておきのお茶と特別なお菓子とお気に入りの草木染の織物があれば、ここでまったりするのになぁ。

持ってきたのが薬草採取用の大きな背負い籠と革袋の水筒に小さな鉈だけなんて、なんて味気も色気も無いんだろう。

私は、空っぽの籠をよっと背負い直して目的地まで木々の間を歩いた。

今日は、森の真ん中の泉の手前に生い茂る薬草の群生地で採取の予定。

ばぁさまから受け継いだ薬草辞典は、擦り切れるほどに読み込まれて私の頭の中にある。

化膿止めと熱さまし、傷薬と痛み止め用の薬草を頭の中で思い浮かべる。

丸薬も軟膏も、作り方は小さい頃から魔力切れまで作らされたから大丈夫。

一人になって3年、この森で日課のように作り続けた薬たちは既に納屋いっぱいに溜まっている。

「売りに行かないとなぁ・・・ヤダなぁ・・・」

お金も無いし、お布団の綿もぺっちゃんこになってきたし、家と家具の手直し用の材料も要る。

街には、砂糖菓子もあるし、服だって見たい。

分かっていても、それでも、森から出るのは怖い。人が怖い。

この15年間の人生で、深く関わっていたのは死んだばぁさまだけ。

3年前までは、ずっと二人だった。

森に捨てられた私を拾ってくれたのは、魔女のばぁさまだった。

どうやら生まれた時から魔力が多く、無意識に周りを傷つけて捨てられたようだと、ばぁさまが教えてくれた。

私の魔力量は、普通の人には手に余るらしい。

魔力消費と制御の訓練のために小さい頃から、薬作りを手伝っていた。

それもすぐに慣れて、扱き使われてただけの気もするけど、ばぁさまには感謝してる。

言葉、文字、知識、炊事、家事、魔力制御、薬学、狩猟、およそ生きていく上で必要なことは教わった気がする。

それでも、私には対人関係の経験値が圧倒的に足りないと思う。

目を見るのが怖い、自分を見られるのが怖い、喋るのが怖い。

獣と睨み合うのは、平気なのに・・・

ばぁさまですら、目を見て話すことは結局出来なかった。


泉の手前には、必要な薬草が採取を待っていた。

これでもかとめいっぱい薬草を詰め込んで、重たくなった籠を背負って家路を歩く。

ふと思い出して、去年美味しい果実を見つけた場所に寄り道をした。

沢山あるわけではないが、一人ならそれなりの量はある。

実っていたことを誰にともなく感謝して、大きめの3つを収穫した。

この黄色い卵型の果実は、甘みと酸味、トロッとした触感が気に入っている。

日が陰るのを感じて、今度こそ家路を急いだ。

帰ったら、薬草の下拵えに器具の準備、それから保管容器の消毒が待っている。

小さな獣の気配を森の中に感じながら、家の近くまで来ると、玄関の横に小さな毛玉が落ちていた。

そっと近寄って拾い上げると、柔らくて暖かい。そして、ぬるっとした。

「生き物だ!!ケガしてるじゃん。」

バタバタと家に駆け込み、急いで毛玉の寝床を作ってそっと下した。

その後は、下拵えもそっちのけで湯を沸かして、納屋に消毒薬と痛み止めに傷薬を取りに行った。

洗ってあるばぁさまの古いシーツを裂いて包帯を作り、残り少ない魔ヤギのミルクを多めに温めた。

せっせと毛玉を介抱してほっと椅子に腰かけた瞬間に、薬草の存在を思い出してげんなりした。

これでもかと採取してきた大量の薬草の入った籠を見つめて、ため息をついてからまだほんのり温かい魔ヤギのミルクを一気飲みした。

かなりの疲労感と共に自室に戻ったのは、空に光が見え始める少し前だった。

居間からそっと連れてきた毛玉を部屋のテーブルに置いて、着替えてベッドに転がるとそのまま眠ってしまった。


起きた時には既に日は高く、ほぼ真上まで来ていた。

今日は、この時期の朝にしか咲かない花とその蜜を取りに行こうと思っていたけど・・・明日だな。しょうがない。

ふとテーブルを見ると、毛玉がもぞもぞと動いていた。

「良かった。生きてる・・・」

小さく漏れた私の言葉に、小さくて細長いふわふわがぴょこんっと跳ね上がった。

これは、耳。その下から除く、真っ黒なガラス玉の様なものは目。

薄桃色の鼻をひくひくさせて、周りの環境を確認している。

私は、それを驚かさない様動かずに見ていた。

昨日は、土と血でドロドロだった体も、お湯で拭いて乾かして、ふわふわになっている。

そっと撫でた時の手触りを思い出して、無意識に手がもぞもぞする。

毛玉は、やっと落ち着いたらしく私を見つめていた。

視線を逸らさず、ゆっくりと近づいて手を差し出した。

小さな口から小さな舌が伸びて、私の指先を舐める。

くすぐったくて、温かくて、ほっとした。

そっと、毛玉を撫でてから籠ごと、居間に移動した。

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