エピローグ 凛side

 付き合い始めて二週間後、終業式の日。

 私たちは学校ではなく、電車の中にいた。下り電車のうえ平日だから、同じ車両には誰も乗っていない。貸し切り状態だ。

 私は学校をずる休みするなんて初めてのことで、ずっとどぎまぎしているのに、千愛は学校なんか元から無かったみたいにずっと話し続けている。最近の千愛は、どうも肝が据わっているのだ。

「あの、千愛、本当に良かったの? バレたら停学だけど」

「つまんない式より、私たちの時間の方が大事でしょ」

 当たり前のようにそう言い放ちながら、千愛は高そうなキャラメルを私の口に押し込んでくる。もう六個目だ。さっきタピオカミルクティーを飲んでいたこともあって、お昼前なのに、もうお腹が膨れてきた。

「凛、海で何する? 水着のお披露目はするとして」

「それ決定事項なの? 私は泳がないから着ない」

「それじゃあ買った意味ないじゃん!」

 文句を垂れる千愛に言い訳しながら、この二週間に思いを馳せる。普段の生活の方には、全く変わりはなかった。学校はいつも通り退屈だったし、千愛とも学校では普段通り接していた。男どもに対する優越感はあったが、変化はそれくらいだ。

 ただ、二人きりのときは、私がしたいことをするようになった。千愛はなんでも一緒にしてくれた。千愛はいつも私を尊重してくれる。だから、私もできることをしたい。具体的に何をしてあげればいいのか、分からないから困るのだけれど、とりあえず、小さなことから始めよう。

 意を決して、コンビニで買ったチョコを一つ食べさせると、千愛は「おいしい」と喜んでくれた。その姿を見た私は何気なく、スマホのカメラを起動して、千愛に向ける。シャッターを切ると、恋人の笑顔が端末に記録された。そうか、写真にしておけば、千愛といつでも会えるんだ。安心感に、心がふわっと温かくなる。

「あ、私も撮っていい?」

 少し迷って、「いいよ」と答える。千愛がスマホを取り出す。

「はい、チーズ」

 私は精一杯の笑顔を向ける。カメラ越しに私の顔を見た千愛は吹き出して、「笑う練習しないとね」。

 トンネルに入って、車内が暗くなる。その闇を抜けると、山だらけだった景色に、蒼い海が現れた。高く昇った日が、水面を明るく照らし、それがとても眩しい。

「もうちょっとだね」

 千愛は興奮を抑えきれないようだ。

「私も楽しみ」

 千愛の手を取る。千愛が握り返してくれる。

 その感触は、私の体に、深く、深く刻み込まれていった。

 私が私である、その証として。

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レコグナイズ・ミー 珊瑚 @sango

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