第8話 千愛side

 タオルで凛の髪を拭き、ちょうど持っていたジャージを制服の上に着せる。

「立てる?」

 凛は頷いて、ふらふらと立ち上がった。

 電車に乗ると、凛と私はなんとなく距離をとって席に座った。会話は無く、気まずい時間が流れる。凛の最寄り駅まではあと十分ほど。凛は、放心したように自分の足元を見つめていて、何を考えているのか見当もつかない。その一方で私は、さっき自分の口にした言葉の数々を思い出しては恥ずかしさで真っ赤になる。でも、凛を少しでも救えたなら、親友として(恋人として?)やるべきことをやれたはずだ。

 電車から降りると、雨はだいぶ小降りになっていた。暗闇の中、立ち並ぶ街灯に雨が照らされている。


「家まで送るね」

 凛は無言だった。けど、傘を差してあげると、大人しく私の隣に入ってきた。私が背伸び気味に傘を持つ手を伸ばしていると、凛は黙って傘を持ってくれた。

 傘を持つ凛の手は、震えているようだった。また何かしてしまったのかなと焦ったけど、凛がずっと濡れた制服を着ていたことを思い出す。

「寒い?」

「……少しだけ」

 クールを装う凛の手に、自分の手を重ねてやる。ひゃっ、と凛の声。その手は夏という季節には不似合いなほど冷たい。

「家に帰ったらすぐお風呂入ってね」

「分かったから、手、放して……」

 赤くなった顔がとてもかわいい。その横顔を見ながら、凛は今どんな気持ちなんだろう、と想像する。やっぱり「ドキドキ」してるのかな。想像がつかないけれど、でもそれがどんなものだったとしても、「幸せ」には違いないはずで、それは私も同じだった。

 この先、大学に行っても、就職しても、おばあちゃんになっても、凛と一緒にいるのかな。想像もつかないけど、なんだか心が温かくなって、とても落ち着く。

 時刻は午後七時。

 黄昏に、ひぐらしの声が溶け込んでいく。

 雨はいつの間にか止んでいた。けれど、凛も私も、気付かないふりをしていた。傘の下という二人だけの空間を、もっと味わっていたかったから。

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