第3話 凛side
電車に乗って二駅。多くの人間が集まるここは、大きな本屋も密集している。
並んで歩く千愛は、私に肩を寄せて話しかけてくる。こんな密着も、友だちなら当たり前。そう思っていても、つい考えてしまう。もしかしたら千愛も……と。
妄想を振り払うため、周囲に意識を向ける。本屋というより図書館といった様相。建物の中はこんなに広いのに、冷房は寒いくらいに効いている。きっと電気代は馬鹿にならないだろうな、とケチくさいことを考える。大切な客のためならと、割り切っているのだろうか。それとも、クレームが怖いとかだろうか。
エスカレーターを下り、マンガのコーナーに着くと、千愛は物色を始める。目が輝いているのを見て、思わず頬が緩んでしまう。
千愛が百合マンガを読むときの態度は変わっている。顔を真っ赤にして悶えるような、ありふれたものではない。千愛はまるでボスやブリューゲルを鑑賞しているように、不思議なものへの驚きや興奮に満ちた様子で、百合マンガを読み漁る。エイリアンが人間の文化を学習しているみたいで、いつも内心笑ってしまう。
ちなみに、私は百合に興味はない。というか、苦手だ。
「凛、前面白いって言ってた作品、続刊出てるよ!」
「ほんと? 買おうかな」
手渡されたのは、いわゆるヤンデレ百合もの。愛が重い女の子が、女の子を束縛するようなジャンルだ。千愛と初めて百合の話になった時勧められたシリーズで、これは第十巻らしい。相当人気なんだろう。
千愛は目当てのマンガを見つけたようで、嬉しそうに表紙を見せてくれる。目を潤ませた、女子高生とスーツ姿の女性が向き合って、今にもキスしそうな雰囲気を醸し出している。
「やっぱ時代は『おやあま』だよねえ〜。親子百合良すぎる……」
親子……。愛の形は様々だなと、他人事のように思ってみる。
「それにこのアンソロジー! SF百合もいいよね」
「SF百合?」
「そうそう。アンドロイドとの駆け引きだったり、ディストピア世界で秘密警察から逃げながら愛を育んだり。前作なんて昇天しちゃうかと思ったよ。あ、そうだ、凛にも読み終わったら貸したげる」
千愛は興奮して早口になっている。ありがとう、と返事はしたものの、内心乗り気ではなかった。百合とSFって、いかにも男が好きそうだから。
「凛は何か見ていく? また小説とか?」
「今日はいい。小山内さんは満足した?」
「うん、大満足だよ。じゃあちょっとレジ行ってくるから、外で待ってて」
千愛は私の持っていた本も黙って取り上げて、小走りにレジへ向かっていった。お金返すの忘れないようにしないと。
一人になって、改めてマンガの棚を眺めてみる。
百合というジャンルは、女同士の関係性を扱う。そしてその中には、もちろん恋愛も含まれている。千愛はそれを喜んで読んでいる。だとしたら、千愛も「こっち側」だということは無いだろうか? 私が千愛に見とれてしまうように、千愛も私に見とれている、なんてことは無いだろうか? そう何度も考えた。直接聞いたこともあるが、はぐらかされてしまって真意は分からなかった。
なんとなく、マンガの一冊を手に取って、パラパラとめくってみる。
最後の数コマ。
水平線に日が沈んでいく浜辺で、女子高生らしき二人が向かい合う。
『ねえ、私たち、付き合わない?』
『遅いよ……ばか』
気持ちを確かめ合うように手をつなぐ二人。その笑顔が眩しい。
どうやら話はハッピーエンドで終わるようだ。
私は鼻で笑いながら、でもどこかで胸が高鳴るのを感じる。
……もし告白したら、千愛も喜んでくれるだろうか。
この一年で、高校生活は終わる。焦りは募る一方だ。それに私と千愛では偏差値が違いすぎるから、きっと同じ大学には通えない。できることなら千愛と同じ大学を受験したいが、両親が許さないだろう。子どもの言うことを聞いてくれる親に生んでほしかった。生まれてしまったものは仕方ないけれど。
離れ離れになったら、千愛と直接会える機会は間違いなく減る。このあやふやな関係のままなら、もしかすると、もう二度と会えなくなってしまうかもしれない。
もちろん、新天地に行けば、新しい出会いも多かれ少なかれきっとあるだろう。でも、千愛を忘れられる気がしない。千愛以上の人に出会える気がしない。
なら、はっきりさせるべきじゃない? 川出凛、そうでしょう。
そんなことは分かってる。でも、そんな簡単に済む話じゃない。怖い。とにかく怖い。
でも、楽になりたいと思っている自分も、たしかにそこにいた。
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