第2話 凛side
千愛と電車に揺られながら、私はぼんやりと思考を巡らせていた。
思うに、学校帰りの寄り道は、最も高校生らしい遊びの一つだ。クレープを食べたり、列に並んでタピオカミルクティーを買ったり、ドーナツ屋に寄ったりと、そういったものが理想だろう(まだ行ったことはないが)。ただし、そこには友だちが欠かせない。一人の寄り道は、嫌いではないが、少し虚しい。
ただ、私に友だちと呼べる人間は一人しかいない。今隣に座っている、小山内千愛(おさないちえ)。高校に入学したての頃、隣の席だった女の子。吃りながらも一生懸命に喋りかけてきた、かわいい子。
あの頃の千愛は、今とは随分雰囲気が違っていた。分厚い眼鏡にマスクをして、目が隠れるくらいに長い髪を三つ編みにしていた。話すときは、顔を見られたくないと言わんばかりにいつも俯いていて、声も小さく、自分に自信なんてまるで無いみたいだった。
そういう意味では、私も同じだった。私も自分に自信がない。正確に言えば、自分が何者か分からない。
昔から不思議だった。周りの女子は、みんな男を好きになるということが。でも、私は男が嫌いだ。生理的に受け付けない。そして女の子に惹かれる。
中学のころは、男を好きになろうと必死だった。友だちの恋愛沙汰を聞いて、男のどこが良いのかを探った。恋愛ドラマや少女マンガで異性愛を勉強した。吐きそうになりながら、男子と付き合ったこともあった。身を削って他にも色々試したが、結局分かったのは、私が好きになれるのは女の子だけ、という事実だった。
「それが私だ」ということは、頭では分かっている。でも、周りと違うということ、そして世渡りのため嘘をつかなくてはならないということ、そういった諸々の状況が、私の心を蝕んでいた。自分を見失っているような、足が覚束ないような、そんな感覚を、いつしか感じるようになっていた。まるで迷路に迷い込んでしまったかのよう。死にたいとまでは思わないけれど、生きていたくない。
両親もその一因だった。私が女子高に行きたいと言っても、二人は自分たちの母校に私を入れると言って聞いてくれなかった。私の進路も、有名な国立大学に入る以外の選択肢は無い。そんな二人に、自分の秘密を打ち明けられるわけもなく、今では全く会話を交わしていない。
自分を持てないから、輪に入れなくて、いつのまにか孤立している。そう望んでいるわけでもないのに、ふと気がつくと、重い空気を背負ってしまっている。思わず他人を拒絶してしまう。私も、そしてきっと千愛も、そういう人間だった。
千愛もそれを感じ取っていたのか、私とはよく話すようになった。マスクの向こう側には、どこか安堵したような表情があった。友人とは自分の鏡だ、という話を聞いたことがある。きっと私も、千愛と同じような顔をしていたに違いない。
すっかり打ち解けて、帰りに寄り道もするようになった頃、私は勇気を出して、千愛に容姿のことを聞いてみた。なぜマスクや髪で顔を隠すのか、と。思えばもうこの時には、千愛から目を離すことはできなくなっていた。
千愛はまとまらない話し方で、一生懸命に答えてくれた。話を総合するに、兄と姉から顔を悪く言われることが多く、自信を無くしてしまったらしい。私はすぐさま否定した。だって、千愛のお弁当を食べる口元や、視力検査で見えた大きな目が、不細工だなんて思えなかったから。
私は悔しくなって、千愛を美容院に連れて行き、コンタクトを買わせ、マスクを外させた。千愛に悲しい顔をさせたくない一心だったが、それだけで千愛は見違えるようになった。こんなの似合わないと嫌がっていたが、私に褒められると満更でもない顔をするのが可愛かった。
それから千愛が自分に自信を持てるようになるまで、時間はかからなかった。私が褒めちぎったのもあったが……クラスメイトの目が変わったのが大きかった。千愛の変わりように、みんなが一目置いた。千愛は周りに認められる経験があまりなかったようで、ずっと照れっぱなしだった。すごく幸せそうな顔だった。
でも、後悔することもあった。まず、男子の目が変わった。ギラギラとしたいやらしい目が、いつも千愛を狙っている。だから私は、いつも以上に千愛のそばにいる必要があった。千愛を守るために。幸い千愛のほうも休み時間は私にべったりだから、誰かが近寄ってくることは無かった。そしてもう一つ後悔したのは、置いてけぼりを食らったような気持ちになったからだ。千愛は一年、二年と経つうちに、私の目を見てはっきり喋るようになった。あの怯えた小動物のような女の子はもういない。そう思うと、少し寂しかった。
でも、だからといって千愛を嫌いになることはなかったし、むしろ三年生になっても、思いは募る一方だった。千愛の方から気付いてくれたら、どんなに楽だろう。バレたくない、でもバレてほしい。そんな思いで時折千愛にちょっかいを出したが、千愛はいつもみたいに笑うばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます