第6話

 リベットさんに連れられた場所は、学園内にある鍛錬場だそうだ。


 学園の関係者になると、申請すればいつでも使用可能らしい。これは便利だな。朝の鍛錬では使えないけど、授業終わりとかに使うのはありかもしれない。

 軽く準備運動をしながら待っていると、リベットさんが木刀を持って来てくれた。


 「さて、やるか!」

 「はい! お願いします。」


 俺が木刀を構えると、リベットさんは顎に手を当て頷いている。


 「毎日しっかり鍛錬は続けていたようだな。構えがしっかりしている。基本とは少し違うようだが、それはわざとか?」

 「そうですね。基本の構えで素振りを続けていたんですけど、どうも振る時に違和感があったんで自分なりに考えてみました。」

 「基本がしっかり出来ているのは構えを見たら分かる。そこから自分流にアレンジするのは良い事だ。」


 さっそくリベットさん。いや、もう今からは師匠と呼ぶか。師匠から褒められて嬉しかった。

 師匠が木刀を構えると、


 「剣の型は問題なし。次はどれだけしっかり素振りを出来ていたかを確認するぞ。打ち込んでこい。」

 「怪我しても恨まないでくださいね!」

 「ははは!言うようになったな。俺に怪我をさせたら学園なんか余裕で卒業出来るぞ。」


 その言葉を聞いて更にやる気が出た。

 剣を構え、師匠に向かって踏み込んでいく。


 「しっ!」


 上下左右から剣を振るい師匠に襲いかかる。

 時折フェイントも混ぜ様々な角度から打ち込んでいくが、全て防がれている。


 「いいぞ! 基礎鍛錬も怠ってはいなかったな。」

 「そう! 思うなら! 当たって! くださいよ!」

 「まだまだこの程度じゃダメだな。」


 どうする? どんな攻撃しても防がれる。

 集中力が切れた一瞬の隙を師匠は見逃さず、俺の手首に剣を叩きつけた。

 利き手に走った痛みにより、思わず剣を落とした。


 「よし。今日はここまで。」


 くそっ! 何も出来ずに負けた。

 今までの鍛錬はなんだったんだ……。

 悔しがる俺の頭を師匠が撫で、


 「鍛錬の効果が出なかったか? そんな事ないぞ。鍛錬をしていたから今の結果だ。元々俺とお前にはそれだけの差があるって事だから気にすんな。」


 俺の心の傷を抉るような言い方しやがって!

 思わず俺は師匠を無言で睨むと、師匠は笑いながら、


 「ははは! そんなに怒るなよ。事実なんだから。それに、お前はこれからみっちり鍛え上げてやるから安心しな。」

 「いつか必ず勝ちますよ。」

 「いいね。その意気だ。」


 俺の負けん気を気に入ったのか師匠は満足気な笑みを浮かべ俺から離れた。

 師匠は再び剣を構え、


 「基礎はこれからも鍛錬を続けるとして、今はとりあえず及第点だ。次のステップに進む。まずはこの剣技を覚えてもらうぞ。」


 そう言った後、師匠からなにやらオーラの様なモヤが発生し、


 「飛斬!」


 その場で剣を振ると、斬撃が飛んで行った。

 俺は驚き口を開けたまま見ていると、


 「これくらいは誰でも出来るぞ。魔力を剣に込め、それを飛ばすイメージだな。魔力の扱い方については学園で習え。魔力の感じ取り方は人によって違うからな。」


 剣での遠距離攻撃……。

 これがあれば、かなり戦い方の引き出しが多くなるな。


 飛斬を見て最初は驚いたが、すぐにその有効性に気付き、色々と戦い方を模索し始めた。

 考えに没頭していると師匠が俺の頭を叩き、


 「考える事は良い事だが、状況を考えろ。今は俺がいるんだから気になる事は質問してこい。」

 「分かりました!」


 そして、そのまま2人で数時間みっちり鍛錬を行い、鍛錬場を後にした。


 「入学式は明後日だろ? 学園に入ってからは寮があるが今日と明日はどうするんだ?」

 「どこか空いてる宿に泊まりますよ。」

 「そうか。それじゃ晩飯を食べに行くついでに安くて良い宿に連れて行ってやるよ。」

 「本当ですか! ありがとうございます。」


 宿については空いてるかどうかも分からず心配してたのでかなり嬉しかった。

 流石師匠。やるな。

 師匠に着いて行きながらどんな宿なのか想像していた。



 「さぁ着いたぞ。ここだ。」


 煌びやかな大通りを抜け、裏路地を通って行き到着した所は、お世辞にも綺麗とは言えない外観の宿だった。


 「え? ここ?」


 俺の反応を見た師匠はニヤケながら、


 「外観はボロボロだがな、ここは知る人ぞ知る良い宿だぞ。まぁ入るか。」


 そう言い、師匠が中に入っていったので俺も着いて行った。


 「いらっしゃいませー! あ、リベットさん!」

 「ビスタちゃんこんにちは。女将さんはいるかな?」

 「はーい! 呼んで来ますねー!」


 師匠がビスタと呼ばれた小さな女の子に女将さんを呼んで欲しいとお願いしている。まさか、師匠は噂に聞いた事がある小さい女の子が趣味……。


 「変な事を考えてたらぶった斬るぞ?」

 「い、いえ、なにも?」


 全く鳴らない口笛を吹きながらそっぽを向く。

 師匠はため息をつき、


 「ここの主人は俺の昔からの知り合いなんだよ。俺も若い時はここでお世話になっていたんだ。料金も安いしサービスも良い。首都に来て初めて泊まるのならここがオススメなんだよ。」


 なるほど……。

 師匠が変な趣味ではなく一安心だ。

 説明を受けていると、店の奥から女の人がやって来て、


 「リベットさんいらっしゃい。今日はどうしたのかしら?」

 「宿に客を連れて来たと言ったらすぐ分かるだろう?」

 「あらあら、いつもご贔屓にありがとうございます。そちらの方1名ですか?」

 「あ、はい! アレクと言います。よろしくお願いします!」

 「うふふっ。私はこの和み亭の女将をやらせてもらってるミズハと言います。こちらこそよろしくお願いしますね。」


 ミズハさんは、俺の見た事がない布を巻いているだけの洋服を着ており、本人の人を癒すような雰囲気に合っている。

 リベットさんが財布を取り出し、


 「とりあえずこいつを2泊させて欲しいんだが。」

 「はいはい。リベットさんだからおまけするとして、食事付きで1泊3,000ゴルドで良いですよ。」

 「え? いいんですか?」

 「これくらい大した事ない。首都に初めて来た祝いだ。それと、相変わらず安すぎるだろう。これはチップ込みだ。これでビスタちゃんに何か買ってあげてくれ。」


 そう言い師匠は、滅多に見ることの無い10,000ゴルド札を渡した。

 まぁ俺の村ではそんな高額なお札を使うこともないし当然だけど。

 ビスタちゃんがお札を受け取り、


 「リベットさんありがとう! このお洋服もこの前来てくれた時のお金で買ったんだ~。可愛いでしょ。」


 そう言ったビスタちゃんはその場で回転し洋服を見せてきた。

 師匠は笑顔でビスタちゃんの頭を撫で、


 「ビスタちゃんが良い子だからお母さんも買ってくれたんだよ。これからもお手伝い頑張りな。」

 「うん!」


 満面の笑みを浮かべるビスタちゃんを見ると、師匠が可愛がる理由も分かる。なんとなくだが、この子は人を笑顔にさせるのが上手いと感じた。


 「いつもビスタが甘えてすいません。」


 申し訳ないと思っているのだろう。ミズハさんが何回も頭を下げている。

 その様子を師匠は全く気にする事もなく、


 「あいつと女将さんの娘だ。俺にとっても娘みたいなもんだよ。」

 「いつも助かっていますよ。さ、ビスタ。お客様を部屋へ案内して頂戴。」

 「はーい! 部屋はこっちだよお兄さん!」

 「ここで待ってるからな。女将さん夕食食べて行ってもいいか?」

 「すぐに作りますね。」


 そう言って近くの席に座った師匠を確認し、俺はビスタちゃんに案内され部屋へと向かった。


 「ここの部屋になりまーす!」


 ビスタちゃんの案内してくれた部屋は1人で泊まるには充分な広さだった。

 部屋の隅々まで掃除が行き届いており外観とは違い部屋はとても綺麗だ。

 俺は部屋に荷物を置くと、あまり待たせるのも悪いのですぐに先程の場所へと戻った。


 「案外来るのが早かったな。先に飲んでるぞ。」


 師匠は席でエールを飲みながら寛いでいた。

 対面の席に座るとビスタちゃんがやって来て、


 「お兄さんは何を飲みますか?」

 「じゃあ果実水をもらえるかな。」

 「わかりましたー!」


 ビスタちゃんも頑張ってお手伝いしようとしてるのか、走って取りに行ってくれる。

 転けたりしないか凄い心配だ。

 俺の心配を他所にビスタちゃんは手際良く果実水を入れ、俺の席まで持って来てくれた。


 「ありがとう。」

 「えへへ〜。どういたしまして!」


 ビスタちゃんはニコニコ笑顔で戻って行く。

 俺はその後ろ姿を見ながら、


 「師匠が可愛がるのも分かる気がします。」

 「だろ? ビスタちゃんは本当に可愛らしいからな。」

 「あんまり甘やかしすぎたらダメですよ。はい、オークの煮込みになります。」


 出てきた料理は、オークと呼ばれる豚の魔物の肉を使った煮込み料理だ。

 美味そうな匂いが漂ってきた時、俺のお腹が鳴り今日は朝食以外何も食べていない事に気が付いた。


 「さっさと食べるぞ。」


 師匠が食べ始めるのを見てから俺は食べだした。

 オーク肉を一口、口の中に入れると肉汁が溢れ口の中全体に肉の旨みが広がる。


 「う、美味い!」


 とんでもない美味しさに俺は次から次へと食べて行った。

 あっという間に食べ終わった俺は満腹になり、


 「ごちそうさまでした。」

 「おう。ここの料理は美味いだろ。」

 「はい。めちゃくちゃ美味しかったです。」

 「どうもお粗末様でした。お口に合って良かったです。」


 ミズハさんがお水を持って食器を下げに来てくれた。

 師匠は大きな欠伸を一回し、


 「さて。俺は主人に挨拶してから帰る。お前も早く寝ろよ。」

 「あ、俺も挨拶を。」

 「あいつはもう死んでるからな。墓に挨拶をしに行くだけだ。」


 ここのご主人は死んでいたのか……。

 少し儚げな笑顔でミズハさんが、


 「リベットさんが挨拶をしてくれると主人も喜びます。」


 あんまり触れて良さそうな話ではなさそうだ。

 そう感じた俺は席を立ち、


 「じゃあ俺は先に休みますね。」

 「おう。また試験の日にな。」


 師匠と挨拶を済ませ部屋に戻った。

 部屋に備え付けてあるシャワーを浴び、ベッドに入ると今日は思ってたよりも疲れていたのだろう。一気に眠気が襲ってきた。

 明後日が試験だ。当日に体調を崩さないように気を付けよう。

 そうして俺は眠りについた。


 次の日は、いつもの日課の鍛錬を行い、日中はリラックスする為にビスタちゃんと色んな遊びをした。


 そして、試験当日の朝を迎える。

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