第5話 彼氏のキモチ

「啓太、今晩飲み行こっ!」

「おぅ、いいぞ」


 俺は、学生時代からの友人で同僚の啓太を飲みに誘った。


「朝日奈さんたち飲みに行くんですか? いいなぁ! 私もご一緒させてくださいよぉ!」


(うわっ……出た!)


 声をかけてきたのは、最近俺によく絡んでくる女だ。同じ部署だし仕事が出来るから無視できないが、正直香水くさいし、上目遣いでベタベタと甘えてくる感じが苦手だ。

 この間の接待帰りもやたらと腕に絡みついてきて気分が悪かった。雫が嫉妬するとは思えないが、さすがにあの現場を見たら誤解して不安にさせたかもしれない。


「今日は啓太と二人で飲みたいからごめんね。また今度」


 角が立たないようにお得意の営業スマイルで断ると、女は『えぇ、残念。また今度、絶対ですよぉ』と言って去っていった。


「……あれは真を狙ってるね」


 それを見ていた啓太が俺に耳打ちした。


「俺は雫以外どうでもいい」

「真は雫ちゃんのこと、本当に大好きだよね。そのくせ素直に態度に出せないなんて、思春期男子かよ!」  


(あぁ、うるさい。それは俺自身が一番分かってるって!)


 俺は雫に、『飲んで帰る』と一言連絡を入れた。少し時間を置いて、雫から『わかった』と短い返信がきた。


 俺たちは余計な言葉を交わさなくたって、お互いを分かり合っていると信じている。

 しかしここ最近、雫の様子がおかしい。時折、思い悩んだような暗い顔をしていることがある。原因を考えても全く検討がつかない。



「で、雫ちゃんと何かあった?」


 啓太は座席につくなり、店員に『生2つ』と伝え、すぐに話題を振ってきた。長い付き合いの啓太には全てお見通しのようだ。


「最近、雫の様子がおかしいんだけど、理由が全く分からない」

「そお? 俺には普通に見えるけど? てか、気になるなら直接聞けばいいじゃん!」

「いや、ムリ」

「なんで!? お前、仕事は優秀だけど、昔から恋愛になるとポンコツだな!」


 俺は雫に弱いところを見せたくない。雫の前では完璧な大人の男でいたいとずっと思っている。だから、不安だとか甘えたいとか、そんな気持ちを持ってはいけないのだ。


「いつまでもそんな妙なプライド持ってると、いつか雫ちゃんに捨てられるぞ」

「出会って10年だぞ? それはない」

「そういえば、お前たちって結婚とか考えてないの? 二人とも30代だろ?」


 今でも十分夫婦のような空気なのに、結婚して何が変わるのだろうか。《結婚すると自由な時間がなくなる》と何かの記事で読んだ。お互いが不自由に感じるのであれば、これから先も別れるつもりはないし、このままでも問題ないのではないか?


「結婚か……」


 俺は残り少なくなったビールを一気に飲み干し、その言葉の続きを喉の奥に押し込んだ。

 話が途切れたので、俺は話題を変えた。


「そういえば、今日ずっと気になってたんだけど、啓太、髪型変えた?」

「おっ、気づいた? 最近、いい感じの美容室見つけてさ」

「へぇ、似合ってるじゃん。俺もそろそろ髪切ろうかな」

「それだったら担当美容師紹介するわ。結構人気なスタイリストらしいよ」


 俺は『サンキュ』とお礼を言って、お店のホームページを確認し、早速予約を入れた。

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