第4話 大人の恋愛
次の日の朝、『朝一で会議があるから』と、真は先に出勤した。朝から一緒にならず、私は内心ホッとしていた。
私が職場に着くと、いつも声をかけてくれる先輩たちの姿が席にない。私は給湯室に行ってみることにした。
「え? それマジで?」
給湯室から先輩たちの声がする。私は咄嗟に物陰に隠れた。
「そうなんです! 私の同期が、昨日の夜遅く、朝日奈さんと営業部の女の人が腕組んで歩いてるのを見たって言ってました!」
「えー、それが本当だったら幻滅するわぁ」
私は今聞いたことに驚き、その場を動けずにいた。
「絶対に朝日奈さん狙いですよ! 山野さん、大丈夫かなぁ……」
「とりあえず、しばらくは黙っていよう!」
そう言うと、先輩たちが給湯室から出てきた。しかしすぐに、私がすぐそばに立っていたことに気づき小さく悲鳴をあげた。
「山野さん! もしかしてだけど……今の話聞こえちゃった?」
「あ、はい……。でもまぁ、昨夜は接待って言ってたので、その帰りじゃないですかね? かなり酔ってたみたいだし、テンションが上がってたんだと思います」
私はできる限りの笑顔と明るい声でそう答えたが、言葉とは裏腹に私の心はひどく動揺していた。
その後しばらくは、私は何事もなかったかのように振る舞っていた。しかし、心の中では葛藤し続けていた。
本当に接待の帰りだったのかもしれない。でもそれが嘘だったとしても、私さえ黙っていれば、このまま変わらず一緒にいることができる。私ももう30代だし、今さら別れる選択をするのには勇気がいる。
大人になったらもっと上手く恋ができるのかと思っていた。大人には自由に使えるお金だって、自由に過ごせる時間だってある。それに、これまで培ってきた経験値もある。でも現実はしがらみだらけで、心のままに動くことなんてできない。
真より先に帰宅し、家でゆっくりしていると携帯が鳴った。真からのメールだ。
《飲みに行ってくる》
私は、“誰と?”と打ち返したいのを堪え、一言だけ返信した。
《わかった》
今感じているこの感情が嫉妬なのか、それとも女の意地なのか分からない。しかし一つだけはっきりしていることは、付き合っている長さに関係なく、《結婚》という法律の縛りがなければ、取捨選択が自由にできるということだ。
あれから数週間、自分でも無意識のうちに彼らを探しているのか、真たちが社内で一緒にいるのをよく見かけた。私はその都度、『同じ部署なんだから一緒にいるのは当たり前』と自分に言い聞かせていた。
先輩たちからの情報では、例の彼女は営業部配属2年目の、いわゆる見た目も仕事も《できる女》とのことだった。さらには、結婚願望が強く、やはり真を狙っているらしい、という余計な情報まで提供された。
私が悶々と過ごしていたある日、珍しく実家から私宛の荷物が届いた。
封を開けて中身を確認すると、たくさんの地元食材と一緒に両親からの手紙が入っていた。その手紙には私を気遣う言葉がたくさん書かれてある。私は急に母の声が聞きたくなり、久しぶりに実家に電話をした。
「こんな時間にどうしたの?」
「荷物受け取った。手紙もありがとうね」
「雫、なんか元気ない? 色々無理して身体壊さないようにね」
久々に聞く母の声は、思い乱れていた私の心を落ち着かせてくれた。
こんな年齢になっても尚、母を心配させてはいけない。真たちのことを気にするのはもうやめようと私は決めた。
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