第3話 同じ夜空の下
しばらくして泣き止んだ私は、片付けもそこそこに寝室で休むことにした。
ベッドがいつもよりも広く、そして冷たく感じてなかなか寝付けないでいたが、ようやく眠りにつきかけたところで真が帰ってきた。
真は酔っているのか、ベッドに入るなり私の服の中に手を入れてきた。疲れと眠気で考えることが面倒くさくなっていた私は、その流れにしばらく身を任せていた。
「……ねぇ、久しぶりにシたい」
真は耳元でそう囁くと、キスをしようと顔を近づけてきた。
「やめて。そんな気分じゃない」
私が顔を反らして彼に背を向けると、真はムッとした表情で『ならいい』と一言残し寝室を出ていった。
余計な波風は立てないはずだったのにやってしまった……。でも真が一体何を考えているのか分からない。謝ることもなく、私の話も聞かないで、手っ取り早く抱けばごまかせるとでも思ったのだろうか……。
(あぁ、私今すごく嫌な人間になってる……)
自己嫌悪に陥った私は、気を紛らすために今朝見た夢の続きを思い返した。
暗闇の中、朧気だった当時の記憶が徐々に蘇ってくる。
あの教室での出来事の後、優介は色々な女の子と遊ぶようになった。もちろんアヤとも一時期付き合っていたようだった。
一方私はというと、告白してくれた別の同級生と付き合うことにした。初めての彼氏はとても優しく、私を大切にしてくれていたと思う。
私は優介を忘れようと努力した。だから、廊下ですれ違ってもお互いを無視し続け、卒業後は別々の進路に進み、その後一度も会うことはなかった。
《もしも……》の話をしても今の状況が変わるわけではないが、もしもあの時『好き』とちゃんと言えていたなら、私たちは今も一緒にいたのだろうか? 桜並木の下で交わした約束を叶え、結婚して子どももいたかもしれない。
思い出の中にある優介の笑顔を思うだけで、心が少しだけ温かくなった気がした。
あっけなく終わった初恋は、私の記憶から完全に消えることはなく、ずっと心の奥底に小さな灯を灯し続けていた。そのとても小さな灯は、うまくいかなかった日や寂しい日、懐かしさを感じた日など、日々のふとした瞬間に突如大きく燃え上がり、私の心を温め、支えになってくれた。
ふと我に返ると、真が戻ってこないことに気がついた。きっとリビングにあるソファーで眠ってしまったのだろう。
「冷えるし、毛布くらいかけてあげるか……」
すっかりと目が覚めてしまった私は、ベッドを出て窓の外を眺めた。遠くに都心の灯が見える。
同じ夜空の下、どこかに優介がいる。私は、『今この時間、彼もこの夜空を見ていますように』と願った。
◇ ◇ ◇
同じ頃、都心の夜景を見下ろすマンションのベランダで、ビールを片手に夜空を見上げる一人の男がいた。
「優介、風邪引くよ?」
「おぉ、すぐ戻る」
優介はそう返事をしたが、すぐに部屋に戻ろうとはせず、しばらく夜空を見上げたまま何かを考えているようだった。
◇ ◇ ◇
大人になった私たちは、様々な思いを抱えながら、それぞれの居るべき所でこの夜を過ごしている。そして、もう二度と会うことはないはずだった……。
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