第2話 エントリー オブ ア マジカルガール:7
黒装束の武装集団はセンサーの死角を縫うように市街地に浸透し、隠された機銃とセンサーを狙い撃っていった。町の至るところに浮かんでいた黄色いマークが消え、アスファルトに伸びる赤とオレンジの帯も消えていく。爆破された廃工場を中心に、安全地帯が広がっていた。
アマネも物陰から出て、黒尽くめたちを追って都心部に駆け出した。
「すごい……けど、マダラ!」
周囲を見回し、立体映像が書き換えられていくのを目の当たりにしながらアマネはインカムに向かって怒鳴った。
「『なんだよ、そんな大声じゃなくても聞こえてるぞ』」
「このテロリストたちは、私が見てるのと同じデータを使ってる! ……そうでしょ?」
「『そうだ』」
「何で、そんなことを?」
「『そもそも、彼らの中核部隊、“イレギュラーズ”はテロリストじゃない。ましてや、闇取引シンジケートの構成員でもない。……作戦の最終目的地まで、ナビしながら説明しよう。彼らの後を追って、第2地区に向かってくれ』」
「私は、あなたたちに協力するって決めたわけじゃない!」
アマネがカッとして言い返すのを、マダラは静かに聞いていた。
「『自分の目で確かめるんだろう、何が起きてるのか』」
「そうよ!」
「『ここから先、イレギュラーズたちはひたすら“ドミニオン”を破壊し続ける。次の段階に移るまで、ね。だから、ゴールを目指した方が手っ取り早い』」
自らのかんしゃくを抑え込んで、アマネが返した。
「あなたの説明に虚偽がある場合、マイナス査定の対象になりますので、お忘れなきように……!」
「『もちろん、ナカツガワ保安官事務所の名誉に誓いましょう』」
余裕綽々といったマダラの返事に、アマネは舌打ちした。
「……ナビをお願いします!」
「『了解』」
カガミハラ軍警察署大会議室、テロ集団鎮圧作戦本部には、備え付けの正面スクリーンに加えて二基、左右にスクリーンが増設されていた。中央のは“ドミニオン”の制御室が映し出され、左右のスクリーンはそれぞれ四分割されて、市内各所に配置された“ドミニオン”のセンサーカメラからの映像が周期的に映し出されていた。
闇取引シンジケート、“ブラフマー”のアジト跡で黒装束の武装集団が“ドミニオン”のセンサーカメラと機銃を破壊した後、画像が途絶えるカメラが相次いだ。
「制御室、どうなっているか!」
画面の1つが急に砂嵐になったのを見て、クロキ作戦本部長が怒鳴った。中央の画面には、申し訳なさそうに背中を丸めた男がキーボードを打ちながら、作戦本部に中継されているカメラに向き合っていた。
「『外部からの干渉です。恐らく、カメラが直接攻撃を受けて破壊されたものかと……』」
「そんなことは分かっている!」
クロキ本部長が再び怒鳴る。
「なぜテロリストたちは、“ドミニオン”のセンサーカメラを死角から攻撃できるんだ!」
「申し訳ありません、何分情報開発部から引き渡されたばかりで、我々にも原因が分からず……」
制御室の責任者が縮み上がりながら言う。クロキ本部長は怒りを鎮めて、情報端末と格闘しているコグレ技術士官に声をかけた。
「コグレ君、提出してもらった資料と実際の動きにギャップがあるのだが、どうなっておるのかね? 確か、センサーは全方位を捕捉して危険物を探知するのだろう?」
「おっしゃる通りです、センサーの機能にも問題はありません。しかし、これは……?」
コグレ技術士官は、モニターに表示される数字を何度も確認した。
「センサーの捕捉範囲が改ざんされています! 意図的に、センサーの死角が作られている……!」
「修正できないか?」
「動作中のプログラムを微調整しながら修正するのは、大変困難です。申し訳ありませんが、私には……」
クロキ本部長は机を叩いて立ち上がる。
「それではこのまま、テロリストたちが町を破壊するのを見ているしかないというのか!」
「それは……」
コグレ情報士官は黙った。副所長は壁際の内線機に手を伸ばした。
「駐屯軍に出動を要請する。“棲み分け協定”には反するが、背に腹は変えられん」
「待ってください!」
情報士官が慌てて止めた。
「管理区域と市街地を結ぶゲートの周辺は、“ドミニオン”のセンサーが生きています。そこに部隊を投入しては、機銃の標的になるだけです……!」
本部長は手を下ろした。両手をきつく握りしめる。モニターに映し出される映像は次々と砂嵐に飲み込まれ、今やゲート周辺の数ヶ所を残すのみになった。
「『市内の警備システム、ゲート周辺を除いて、沈黙しました』」
「仕方ない、駐屯軍本部に出動要請を出す。“ドミニオン”はシステム停止だ。……制御室!」
「『はい! ただ今処理を……ひっ!」
左右の画面が暗転し、赤文字の“CAUTION”、“EMERGENCY”、“DANGER”が埋め尽くす。制御室の画面も、同じ状態になっているらしかった。
「何だ!」
「『分かりません! 急に画面が……“ドミニオン”、操作を受け付けません!』」
「コグレ君! これは……?」
コグレは端末を睨み、作業をしながら答えた。
「“緊急体制モード”……? 恐らく、これです! 開発部のトップが配備の直前に実装した機能があると聞いていますが……」
「センサーも機銃も壊滅しているというのに、テロリストを鎮圧できるというのか?」
技術士官はデータベースをくまなく調べあげた。
「申し訳ないですが、私には分かりません。……ですが、今は“ドミニオン”を信じる他には……」
「せめて、何が起きているか、見ることができれば……」
クロキ本部長は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「本部長、発言をよろしいですか? 見ていただきたいものが」
会議室の最奥の席から、メカヘッドが立ち上がった。
「メカヘッドか」
クロキは問題児とやりあう教師のように、眉間に深くシワを刻みながら最先任巡査曹長を見た。
「発言と、会議室内の機器の使用を許可する。……俺にはお手上げだ。お前が何とかできるというなら、好きにやるがいいさ」
メカヘッドは携帯端末を取り出し、操作を始めた。
「では、スクリーンをお借りします」
左側のスクリーンに大きく、静かな市街地の様子が映し出された。室内がざわめく。
「これは何だ! 今の映像か?」
「はい、戒厳令が出される前に配置しておいたドローンによって撮影しています」
ドローンは第4地区の繁華街を抜け、第3地区の商店街に向かって飛んでいく。
「“ドミニオン”が沈黙しているから飛ばせるようになった、というわけでして、はい」
スクリーンの前までやって来たメカヘッドが、ヘラヘラしながら話す。第3地区に入り、黒装束の兵士たちが映し出された。武装集団は次々と兵士が合流しながら隊列を組み、商業ビルが並ぶ第2地区に向かって歩いていく。街並みは荒らされた様子はなく、静まり返る中に軍靴がリズムを刻んでいた。
「プロだな……」
クロキ本部長は椅子に腰掛け、頬杖をついて画面を睨んだ。
「何者だ……? どこに行こうとしてる……? それに、“ドミニオン”へのクラッキングもこいつらが……?」
クロキ本部長が不満気に呟くと、コグレ技術士官が立ち上がった。
「もう一度、“ドミニオン”の資料を当たってみます! 情報開発部のメインサーバーにコンタクトできれば、もっと何か、情報がわかるかもしれません!」
クロキの返事を待たず、コグレ技術士官は立ち上がった。
「……やれやれ、うまいことやるものだ」
慌ただしく部屋を出ていく技術士官を見送って、メカヘッドが呟く。
「何か言ったか?」
「いえ、本部長! 彼が行ってしまったのは残念ですが……実を言いますと私、“ブラフマー”の活動計画なるものを入手しているのです」
「はあ?」
出席者たちが互いに話し合う声、メカヘッドに対して罵る声、疑問を投げかける声……
「静粛に!」
室内が騒然とする中、クロキ本部長がそれを上回る大音声を発すると、皆話すのをやめた。メカヘッドは黙って、クロキ本部長が次に発する言葉を待っていた。
「続けろ」
「はい!」
クロキがムスッとして促すと、メカヘッドは嬉しそうに答えた。
「それでは、反対側の画面をご覧ください!」
携帯端末を素早く操作し、大仰な身ぶりで右側のスクリーンを指す。
警告で埋め尽くされた画面が切り替わり、黒い背景の中で薄緑色に光る文字列が浮かび上がった。
「これは、プログラムか……?」
「その通り! 彼らは行動計画の詳細を、プログラムコードの形で残していたのです。これをわかりやすく、表の形に書き換えたものが……こちらです」
更にメカヘッドが画面を切り替える。白地に黒い文字が並んだ。携帯端末の操作に合わせて、表が下にスクロールされていく。
「皆さんの端末からも見ることができるように資料を共有しますので、見ずらいという方は、そちらをご参照ください」
自らの端末を見た者たちがどよめいた。
「時間もありませんので、かいつまんで説明させていただきます。まず、これは“ドミニオン”の制御プログラムです」
「やはり、テロリストと“ドミニオン”にはつながりがあったというのか? だが……何だこりゃ!」
クロキ本部長は表に目を通して叫んだ。
“1300 地点Aを爆破、本部の指示を待ち、戦闘体制に移行”
“1400 地点Aにて、目標に6時、4時、8時の方向から攻撃、目標損耗率30~40パーセント。使用機銃はD6-015、D6-014……”
“1425 市街各所の機銃により、散開した目標部隊を攻撃、狙撃精度段階的に上げ、徐々に損耗率を上げていく。ただし、第1地区と管理区域への連絡ゲートは除外”
“1600 本時刻までに目標部隊の殲滅を完了”
「テロリストの殲滅が最終目標……?」
「その通りです!」
芝居がかった身ぶりを交えて答えるメカヘッドにクロキ本部長は苛立った。
「だが、やつらはぴんぴんしてやがるぞ!」
「はい、むざむざ殺されるのを見逃すわけにもいかず、私が手引きしました」
鬼のような形相でクロキが立ち上がる。
「どういうつもりだ! 返答次第では、貴様を逮捕する……!」
掴みかからんばかりのクロキ本部長を前に、メカヘッドは動じず端末を操作した。
「カガミハラ市民の安全と、軍警察の名誉を守るためです。……それでは、次の資料をご覧ください」
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