第2話 エントリー オブ ア マジカルガール:6

 カガミハラ軍警察署地下3階の耐核シェルターに、黒尽くめのジャケットにプロテクター、目出し帽姿の傭兵たちが集められていた。壁の四方には大型画面が設置されている。緊急時には避難民たちが周辺状況を知るための窓口となるが、今は“SOUND ONLY”と表示されるのみだった。


「『……作戦内容は以上だ。武器弾薬類は地上への出口付近に用意している。なお、そちらからの質問は受け付けない』」


 依頼人の、ボイスチェンジャーを通した声がスピーカーから響く。傭兵たちにはやさぐれた雰囲気が漂っていた。誰ともなく、不満を呟く低い声が聞こえる。



「『諸君らはあくまでサプライズだ。不用意な言動は避け、不気味さを演出すること。最終的には逮捕されてもらうが、それまで徹底的に逃げながら、システムに反撃してもらう。警備システムの有用性をアピールするためにも、悪のテロリスト集団を演じきることが要求される。これはさる筋からの要請である。無事にやり遂げた暁には成功報酬のみならず、今後の待遇も保証されるだろう。健闘を祈る』」


 ふつり、と画面が消える。傭兵たちがぶつくさと言いながら市街地に出る扉に向けて歩きかけた時、軍警察署側に繋がる扉が勢いよく開いた。


 こちらも黒尽くめの集団が、完全武装で雪崩れ込んできた。入り口の周囲を固めて、非武装の傭兵たちに銃を向ける。


 銃口を突きつけられた者たちは両手を上げるが、後列の兵士たちは尚も隙を伺い、身構えていた。追い詰められた側が一枚の垣根となって、銃を構える側にじり、とにじり寄る。空気が粘度を増したようだった。


「そこまで!」


 銃を構える部隊の後ろから鋭い声が飛ぶと、兵士たちは銃を納めて隊列を整える。皆、防具は室内の傭兵たちと変わらなかったが、右腕に黄色と黒が縞模様になっているバンドを巻いているのが目印となっていた。メカヘッドが列の中央を割って室内に入ってきた。


「一般捜査課のメカヘッドです。秘密作戦に参加中の皆さん、ちょっとだけお話を聞いていってもらえませんか?」


 そう言いながら手にした端末機を操作する。四方の大型画面に、廃工場の爆破場面が映し出された。傭兵たちはざわめく。メカヘッドは手を叩いた。


「はい! はい! 皆さん、これはつい先程の第6地区の様子です。本部はこれをテロと見なし、今日の“ドミニオン”起動試験は急遽、武装勢力の鎮圧作戦に切り替わりました。こんな中に皆さんのような怪しい集団が出ていったら、どうなるでしょうな?」


 地上に出ようとしていた者も立ち止まり、メカヘッドの話を聞いていた。困惑する顔が多く、疑いの目を向ける者もいた。「そんな話は聞いてない」「信じられん」といった声が漏れた。


「私のようなぺーぺーでは話にならないのでしたら、ここに一般捜査課のイチジョー課長もお見えになっています。お話を聞いてみましょう」


「ここで私に話を振るのかい……?」


 白髪混じりの男はビクビクしながらメカヘッドの後ろに隠れていたが、荒くれた風貌の男たちの前に出ると、深呼吸して背筋を伸ばした。


「一般捜査課、課長のイチジョーです。見た目の通りのくたびれたおっさんですが、肩書きは信用していただいて構いません。そして……先程の映像は事実です。1時丁度の出来事であったと、私も報告を受けています」


 傭兵たちは黙って、淡々としたイチジョー課長の話を聞いていた。メカヘッドは画面を切り替えた。


「これは、私が入手した今回の作戦のプロットです。時間がないので細かい説明は省きますが、この爆破も予定のうちなのです。そして警備システム側の銃器にはゴム弾などではなく、重ミュータント鎮圧用の実弾が込められています。最終的な決着は……皆さんの死です」


「メカヘッド君? 私も聞いてないんだが、その話」


 怒声が飛ぶ、部屋中の傭兵たちがメカヘッドに詰め寄った。縞模様のバンドを巻いた兵士がスクラムを組んで流れを塞き止める。


「私は状況を変えるために来たんです」


 メカヘッドの声には、傭兵たちの怒りは収まらなかった。「どうして」「許せない」足止めされながら、尚も叫んだ。イチジョー課長が人垣の前に進み出た。眼光鋭く暴徒たちを見据える。


「市民の安全を守るのが、我々一般捜査課の務めです。……何としても、皆さんを殺させない!」


 必死の叫びに、傭兵たちは黙った。


「そのために……何か策はあるんだよね、メカヘッド君?」


 すっかり普段の調子に戻り、人の良さそうな困り顔で課長がメカヘッドに尋ねた。


「お任せ下さい!」


 メカヘッドはもみ手をしながら答えた。




 アマネが第6地区に入る頃には、黒い煙が高層ビルのように立ち上がっていた。立ち止まり、空を見上げる。


「あれが、爆発が起きた場所……」


「『現場の近くは監視がキツい。くれぐれも、気をつけて!』」


「了解! ナビはよろしくね!」


 地面にマッピングされた赤とオレンジの帯を避けながら、煙の根元へと走り寄っていく。工場跡の燃え残った壁が見えてきた時、マダラがインカム越しに叫んだ。


「『止まれ! セーフゾーンに入るんだ!』」


 アマネはたたらを踏んで立ち止まり、立体プロジェクタによって投影される緑色の帯に走り込んだ。建物の陰から顔を出し、爆破事件の現場を見る。


「何が起こるっていうの?」


「『……周りを見てみな』」


 顔を上げる。肉眼では気付かなかった建物の隙間に、ビルの屋上に、路上の消火栓に……ありとあらゆる場所に、立体プロジェクタによって黄色の点がマッピングされていた。


「何、これ……?」


「『統合警備システム、“ドミニオン”の機銃とセンサーだ。今は工場跡地を狙ってる。……来るぞ』」


 元は工場の正面シャッターがあった場所に取り付けられていたマンホールが開く。蓋が音を立てて持ち上がると、下に通っていた通路から黒尽くめの集団が溢れだしてきた。“ドミニオン”のスピーカーから、抑揚のない警告音声が流れた。


「『直ちに武器を捨て、投降しなさい。繰り返します、直ちに武器を……』」


 先頭に立つ黒尽くめたちが銃を構える。警告音が鳴り、機銃が火を吹いた。銃弾は武装集団の左右と前方に突き刺さり、瓦礫を砕いて白く煙を上げた。


「当たってない……?」


 黒尽くめたちが銃を撃つ。アマネの目には立体映像を通して、黄色くマーキングされた機銃が撃ち抜かれていくのが見えた。破壊された機銃からは、黄色いマーキングが消え去っていた。


「『よし、いいぞ……!』」


「マダラ君、これって……?」


 黒尽くめの集団と正面から向き合う機銃は、全て破壊されていた。すかさず後続の黒装束が左右に展開し、左右の建物から第二波の射撃を準備していた機銃を撃ち壊す。廃工場の周りから、黄色いマーキングが一掃された。


「『本当はここで、半数近くが撃ち殺されるはずだった。……だが、計画は破綻した。さあ、反撃開始だ』」


 黒装束の集団は、縞模様のバンドを巻いた者をリーダーとした数人ごとのグループに別れ、町中に散っていった。

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