第2話 エントリー オブ ア マジカルガール:5

 店の裏口を出たアマネが建物の狭間をくぐり抜けた時、インカムの通話回線が開いた。


「『よかった、間に合った! こちらマダラ、監視システムの捕捉範囲をマッピングする。3D酔いを起こしそうなら、言ってくれ』」


 インカム内蔵の立体プロジェクタが、視界に薄赤色とオレンジ色の帯を浮かび上がらせた。アマネはぐるりと回転して、辺りを見回す。


「大丈夫、問題なさそう」


「『それはよかった。赤いところは入っただけでアウトだ。オレンジのところは屈んで歩けば問題ない。何か起これば、その時にアナウンスする』」


「了解」


 アマネは短く答えると、カガミハラ市街地の中心部に向けて歩き始めた。




 赤とオレンジの帯は細くなったり太くなったりしながら通りに延びていた。色のついていない箇所を選んで歩き、赤い帯が道路一面に広がっているところでは、マダラの指示で建物の狭間に潜り込んでやり過ごした。


 歩きながらインカムに話しかける。


「マダラ君、どうしてこうなったのか、教えてもらえる?」


「『市街地の警備を強めよう、って動きは前からあったそうだ。だけど1ヶ月前の事件で状況が変わった』」


「オートマトンが暴走した事件のこと?」


「『そう。実は、その件には闇取引シンジケートが関わってたんだ。署内では監視を強めよう、って声が一気に広がった。そのためにひと月かけて、市街地の警備システムが徹底的に強化されていったんだ。今日から、その統合警備システム、“ドミニオン”が稼働し始める。システムの安全性が実証されるまで、市街地に厳戒体制がしかれている、というわけさ』」


 アマネは説明を聞きながら、足元の帯を慎重に避けて歩いていた。サイレンと拡声器による音の割れた警告が響く。先程よりも音が近かった。マダラも説明をやめた。


「『2時の方向だ。緑色でマッピングする場所に入れば問題ない。落ち着いて行動を』」


「了解」


 視界の端、ビルの裏に緑色の陰が浮き上がった。アマネは素早く陰に隠れる。


「『現在、外出は厳しく制限されています! 署にご同行願います!』」


 聞き取りにくいアナウンスが叫びたてる中、驚いて固まる老人を数人の警官が取り囲み、軍警察署に連行していった。


「『朝からああやって、何人も連れていかれてるんだ。住人たちはすっかり参ってしまっている』」


 様子を伺っていたアマネは、警官たちが去るのを見送って立ち上がった。


「成る程、町中の異様な雰囲気の理由がわかったわ。あなたがそれだけ詳しいのは、軍警察に内通者がいるから?」


「『そうだ』」


 マダラは動じずに答えた。


「あっさり認めるんだ」


「『どうせ事件が解決したら、顔を合わせる必要があるんだ。今は名前は出せないけど、隠すことはないさ』」


「私からその内通者への印象が悪くなることは、気にしなくていいの? そういうのも監査対象なんだけど」


「『取り繕う必要もないしなあ。まあ、会えばわかるよ』」


「信頼があるんだか、ないんだか……」


「『信用はできないな。信頼してるけど。 ……これ以上カガミハラ署に近づくのは危険だ。戻るか、別の地区に行ってくれ』」


 アマネは元来た道を振り返った。


「オーケー、1度セーフハウスに戻るわ」


「『指示を聞いてくれて、助かるよ』」


「私だって、こんなところで捕まるわけにはいかないから」




 住宅街に人の姿はなく、商業地区もシャッター街となっている。風もなく、アスファルトを踏む自らの足音だけが響いた。


「それで」


「『何か?』」


「行き過ぎた警戒体制にたなっていることはわかった。タチバナ保安官がこの事態に関わっていることも。……けど、あなたたちが何をしようとしてるのかがわからない。事件って、何が起こるの?」


「『テロだよ。このままいくと、そろそろ……』」


 遠くから、大きな爆発音が轟いた。衝撃が微震となって、足元まで届く。


「『始まった!』」


 アマネはすぐさま、駆け出していた。


「見に行く! ナビをお願い!」


「『了解!』」




 真っ白な壁に囲まれた大部屋に、長机が整然と並べられていた。正面には大きなスクリーンが掛けられている。制服姿の軍警察官が席につき、資料の冊子をめくったり、隣り合う者同士が小声で話しながら、会議が始まるのを待っていた。


 カガミハラ署“一般捜査課”のメカヘッドは、会議室の隅に席をもうけられていた。静かに腰かけている隣で、白髪混じりの男がそわそわと手足を動かし、額の汗をハンカチで拭いていた。


「課長、大丈夫ですか? 顔色がすぐれないようですが……」


 メカヘッドが小声で尋ねると、一般捜査課の課長はハンカチを胸ポケットに入れた。


「市内全域の戒厳令なんて、前代未聞だからね。無断外出を咎められて、朝から何人も連行されていると聞いている。大変な事が起きているのはわかる。だが、何もできないのがもどかしくてね……」


 小さな声で返すと、課長はうつむいて、再びもぞもぞと動き始めた。


「今はこうして、会議に出るしかないですから。そのうち、課長の力が必要になる時が来ますよ」


「そうかね……君がそう言ってくれると心強いよ」


「必ずね……おっと、署長が来ましたよ」


 背筋がぴんと伸びた白髪の大男が大股で入ってきた。黒髪で髭をたくわえたつり目の中年男と、細身の青年が後に続く。大男がスクリーンの横に立つと、青年の操作で画面が起動した。工場が爆発を起こし、黒煙をのぼらせながら燃え上がる様が映し出される。課長も青ざめるが、メカヘッドは動じなかった。


「なっ……? 何かね、これは!」


「始まったな……」


 会議室に集まった警官たちがざわめき始めると、厳めしい大男ーーカガミハラ軍警察署長が一喝した。


「静粛に!」


 部下たちが黙ったのを見て、署長は咳払いした。


「本日は市街地の統合警備システム“ドミニオン”の正式起動と動作確認のためのミーティングを持つ予定だったが、急遽変更する。本日1300に、市街第6地区において廃工場が爆発、炎上した。この工場は非合法物品取引の疑いがあるシンジケート“ブラフマー”が活動拠点にしていたことから、本件はブラフマー構成員による爆破事件の疑いが強いと判断、本時刻をもって起動する“ドミニオン”のテロ鎮圧機能を用い、厳しくこれに当たることに決定した。クロキ副署長が陣頭指揮を執る。これ以降、クロキ副署長の指示に従うように」


 署長は話を終えると、上座に置かれた椅子にドカリと腰かけた。すぐさま隣の黒髪の中年が立ち上がり、入れ替わりで話し始めた。


「1350から、この会議室を作戦本部とする。各員、緊張感を以て臨むように! ……では、一時解散とする」


 署長が早々に退室すると、警官たちはざわめいた。知り合い同士で互いに話し合う者たち、自らの端末でニュースサイトを確かめる者、トイレに向かう者……。


 副署長も「コグレ君、最新の資料を集めておいてくれたまえ」と細身の青年に言い残して部屋を出た。メカヘッドの端末が着信音を鳴らす。メッセージ差出人欄に「チャーリー」と表示されているのを見て、機械頭の私服警官が立ち上がった。


「課長、行きましょう」


 上司は驚いてメカヘッドを見上げる。


「どうした、メカヘッド君? 『行く』って、どこにだね?」


 メカヘッドは額についた緑色のセンサーライトを課長に向けた。


「課長が力を発揮できる場所ですよ。……私が一人で行ってもいいんですが」


 課長はオロオロしながらも立ち上がった。


「……行くよ、行こう!」

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