第2話 エントリー オブ ア マジカルガール:4

 ナカツガワ・コロニーの西に位置するカガミハラ・フォート・サイトは、軍関係者と武装した傭兵らが住む通称「管理区域」と、軍警察署が置かれ、一般市民が暮らす「市街地」に大別される。


 ナゴヤ・セントラル防衛軍の基地である「管理区域」の整然として無機質な区画分けに対して、住民が増えるたびに塁壁を押し出すように拡張され、取り壊しと建て直しを重ね、区画整理を繰り返してきた「市街地」の町並みはどこか猥雑で、暮らす人々の活気を感じさせた。


 地下も同様で、市街地の下には今も使われている地下道の他、かつて使われていた空間、使用計画が頓挫したまま放置されている空間、更には旧文明期の地下遺跡が混在し、入りくんで層を成していた。マダラのドローンはこの地下迷宮を進み、アマネと子どもたちを市街の第4地区、繁華街区画の真下まで案内したのだった。




 非常用通路のハッチを開けて、三人が顔を出す。込み入った路地の、廃業した酒屋の前だった。ドローンが頭上を越えて外に出る。


「『……よし、このままついて来て』」


 機体のセンサーライトが緑色の光を放つ。ゆっくり動き出すドローンを、三人は追いかけて歩き始めた。




 通りに人の姿はなく、並ぶ店は全てシャッターを下ろしていた。耳鳴りがしそうなほど、無音だった。子どもたちはアマネの脚にくっついて、黙って歩いている。ドローンは真っ直ぐ飛んだかと思うと道の中央で直角に曲がったり、大通りを斜めに横切ったりした。


 遠くでサイレンの音が響き、音の割れた拡声器の声が叫んでいる。子どもたちは青くなり、アマネは口をきつく閉じて、三人とも音がする方向を見た。


「『ルートから逸れなければ大丈夫だ。もう少しだから、頑張って』」


 マダラが小さい声で励ました。 ドローンはホバリングしながら三人を待ち、再び静かに通りを進んでいった。




 ドローンは路地裏に入ると、入りくんで建つビルの狭間を、奥へ奥へと飛んでいった。アキとリンはするすると追いかけていく。アマネも体を縮こませながら、急いで子どもたちの背中を追いかけた。数件のビルの裏を通りすぎて湿った細道を歩くと、銅板の屋根がふかれた煉瓦造りの壁に出くわした。艶やかな木製のドアの前で、ドローンが停まった。


「『中は安全だ。さあ……』」


 アマネが扉を開けると、オレンジ色の照明が左右に並ぶ廊下が、奥まで続いていた。目の前には黒いドレスの女性が、薄い光に背中を照らされながら立っている。


「いらっしゃいませ、“止まり木”へようこそ」


 両手首から翼が生えたミュータントの美女は、柔らかく三人に微笑みかけた。


「チドリさん!」


 子どもたちが叫ぶと、バー“止まり木”の若き女主人は、二人に視線を合わせてしゃがみこんだ。


「頑張ったね、二人とも」


 手を広げると、アキとリンはチドリの胸に飛び込み、声をあげて泣きじゃくった。




 子どもたちが泣き止むと、チドリは二人と手をつないで歩き始めた。


「ホールにはうちの子たちもいるから、飲み物を出してもらうといいわ」


 二人に声をかけるチドリに、アマネが尋ねる。


「あなたはいったい、何者なんです?」


「私はただ、タチバナさんやヒーローさんに協力してるだけですよ」


 チドリは立ち止まって、重厚な装飾が施された扉を見た。


「……それより、この部屋の中に、会って欲しい人がいるの」


 しっかり両手を掴んでいる子どもたちをチドリが連れていき、扉の前にはアマネが残された。軽く二度、三度とノックすると、「どうぞ」と声が返ってきた。


 扉を開ける。浮き彫りが施された柱や梁がシャンデリアの光に照らされて、紋様の影を浮かび上がらせている。テーブルの上には端末機のモニターが並び、床にはコードの束がのたくっていた。ドローンが部屋の中に飛んでいき、台座に着地すると充電をはじめた。モニター群の前に座っていた小男が立ち上がり、アマネに向き直った。


「まずはここまでお疲れ様です。きょうだい分たちを無事につれてきてくれて、感謝します。……おっと、俺の名前はマダラ。タチバナ保安官の下で働いてます」


「私は滝アマネ、ご存知の通り、巡回判事です。……この町にいったい何が起きたんです? タチバナ保安官は?」


 マダラは手で近くの椅子に座るように促した。腰かけると椅子のカーブが体をすっぽり包む。マダラも椅子に腰かけた。


「ひと月前にオートマトンが暴走する事件が起きたのは……」


「知ってます。ナカツガワの、ヒーロー……? がオートマトンをとめたと聞いていますが」


 マダラは頷く。ちらりと画面の群れを見てから、再び話しはじめた。


「そのヒーローの件で、タチバナ保安官はカガミハラ軍警察署から呼び出しを受けているんだ。けれど、まだ帰ってこない上に連絡もない……」


「それは、町の戒厳令と関係が……?」


「ある。だが、詳しく説明する時間がないんだ。すぐに次の事件が起きる。巡回判事さんには、事件を解決するのに協力してほしいんだ」


 アマネは椅子を立った。


「なぜあなたが次の事件が起こることを知っているのか、この部屋の機械類で何をしようとしているのか、問いただしたいことはいくつもありますが、それは置きましょう。しかし、この町のことは軍警察に任せるべきではないですか?」


「それについては、詳しく話せない……」


 言葉を濁すマダラに、アマネが背を向ける。


「巡回判事として、この町の状況を監査する義務があることはわかりました。私は自分の目で確かめます。……失礼」


「待ってくれ」


 部屋を出ようとするアマネを、マダラが呼び止めた。


「町中はあちこちに監視カメラやセンサーがある。ナビをするから、これをつけていってくれ」


 アマネはマダラからインカムを受け取った。


「お気遣い感謝します。けれど、私の行き先を誘導するような指示は聞きませんから」


「分かってるよ。店の表は監視されてるから、来た道から出て行ってくれよ」


 インカムを耳につけると、「了解しました」と短く言って、アマネは部屋を出た。




 ドアを開けると、目の前にチドリの顔があった。アマネは驚いて立ち止まる。


「わっ、ごめんなさい!」


 チドリは水の入ったコップを2つ、プレートに載せて持っていた。


「こちらこそ、ごめんなさいね。お水がいるかもと思って……」


「ありがとう。いただきます」


 アマネはコップを取り、立ったままぐびぐびと飲んだ。


「ごちそうさまです」


 チドリが手を差しだし、コップを受け取った。


「頑張ってきてね」


「いえ、その……私は、何が起きてるのか知りたいだけです。彼らに協力すると、決めたわけじゃない」


 チドリは柔らかく微笑みながら、目に光を宿したアマネを見ている。


「いいのよ。あなたが自分で決めたのなら」


「チドリさんは、なぜ彼らに協力してるんですか?」


「……色々あるけど、一番は弟を応援したいから、かしら」


「まさか、マダラさんって……?」


 チドリはふふふ、と笑う。


「彼は違うわ。今はタチバナさんと一緒に捕まってるけど……戻ってきたら、きっとこの町のことを、また助けてくれる」


「その人を信じてるんですね」


「ええ。……ミュータントではないけれど、ミュータントも、そうでない人も一緒に助けることができる人よ。あなたにも、会ってもらいたかったのだけれど」


 チドリは話しながら優しくアマネを見ていたが、はっとして口に手を当てた。


「……ごめんなさい、長く引き留めてしまって」


 謝るチドリを、慌ててアマネがとめる。


「謝らなくて大丈夫です! ……お話を聞かせてもらって、こちらこそありがとうございます。……行ってきます!」


「行ってらっしゃい」


 アマネが店の裏口に走っていくのを、チドリは小さく手を振って見送った。扉を小さく開けて、マダラが顔を出す。


「話は終わったみたいだね」


「あら、聞いてたの?」


「モニター見てなきゃいけないし、俺は顔を出さない方がいいかなと思って……」


 差し出された水を受けとると、ぐびりと飲んだ。


「ふう、生き返る」


「お疲れ様」


「ありがとう、でも作戦はこれからだからなあ」


「それじゃあ、もうひと頑張りね。私はリンちゃんとアキ君を見てるから」


「ありがとう、頼むよ」


 礼を言った後、マダラは少しためらいながらもチドリに尋ねた。


「……チドリさんは、あの巡回判事さんのこと、気づいてたの?」


「あら、その訊き方はズルいんじゃなくて?」


 謝るマダラに、チドリはくすりと笑って「いいのよ」と返す。


「私は違和感があっただけよ。そう言われたら納得がいったわ」


 相変わらず扉から顔だけ出しているマダラは、アマネの去った方向を見た。


「隠さないで生きられたら、楽なんだろうけど」


「これまでに生きてきたスタイルがあるから、簡単なことではないでしょうけどね。……アマネちゃんのナビ、大丈夫? そろそろ通りに出るんじゃない?」


「しまった!」


 マダラは叫んで首を引っ込め、音を立てて扉を閉めた。

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