第2話 エントリー オブ ア マジカルガール:8

 アマネは黒装束たちの最後尾にぴたりとはり付くように、早足で歩いていた。


「……じゃあ何、この人たちはライセンスを取り上げられた傭兵、ってこと?」


 インカムに向かって尋ねる。行進中の兵士たちにもアマネの声は聞こえているだろうが、彼らは振り返らなかった。


「『言い方ってもんがあるだろう! 彼らのライセンスは不当に剥奪された。傭兵登録のデータが改ざんされたためにな』」


「……証拠はあるの?」


「『文書の資料はあるけど、簡単に説明すると……』」




 会議室の大型スクリーンに、カガミハラ・フォート・サイトにライセンス登録をしている独立傭兵たちの名簿と、“緊急訓練作戦”の参加者名簿が映し出された。独立傭兵の名簿のうち、約1割、30名ほどの名前の横に“失効”と赤字で書かれている。そして30人のうち、約20人が作戦参加者の名簿に名を連ねていた。メカヘッドが片手で端末を操作して画面を動かし、もう一方の手でスクリーンの名簿を指して、説明をはじめた。


「この半年ほどでライセンスを失った者の名簿を調べてみたのですが、原因が分からないのですよ。名簿の個別評価欄を見る限り、決して良い評価ではないけれども、問題ないように思える。ところが総合数値はマイナスになり、自動的にライセンスが失効するように仕組まれている……」


 クロキ本部長は声を出して唸った。


「確かに、独立傭兵のライセンスが取り上げられるなんて、滅多に聞く話じゃなかった。大体は大きなトラブルになる前に引っ越してもらってたからな」


「彼らとしても、ライセンス剥奪などという不名誉を被る前に川岸を変えた方が、次の仕事を得やすいですからね。ところが、この傭兵たちはいきなりライセンスを奪われた……」


「それで食うに困って怪しい仕事に飛びついた、ってわけだ。……だが、10人くらい今回の作戦に参加してない奴がいるな」


「それは1か月前に第6地区で起きた、パワードスーツ事件に関わっていた者たちです」


 クロキは少し考えてから、思い出して「ああ!」と声をあげた。


「ヒーローショーの動画撮ってて、本当に“ブラフマー”の武装集団とパワードスーツに襲われて、ヒーロー役が返り討ちにした、ってヤマだったな」


「はい。被疑者は組織犯罪捜査課が引き受ける、ということでしたが、私も一緒に話を聞かせてもらいまして」


「なるほど」


「それで、その時捕まった11名は、うちで引き取らせていただきました」


 会議室が再びざわめく。クロキ本部長の目がつり上がった。


「何?」


「メカヘッド君! 私も聞いてないよ、その話!」


 会議室の奥で部下の立ち回りを心配そうに見ていたイチジョー課長が、思わず立ち上がって叫ぶ。


「ごめんなさい課長、課長が知ったら、もしかしたら『上に全部話す』って言うかもしんないなぁ、って思って言いませんでした!」


 イチジョー課長はメカヘッドの答を聞いて椅子にへたりこんだ。


「は、はあ……そうなの。確かに、僕の手には負えないけど……」


「お前、相変わらず上司使いが荒いっていうか、酷いよな」


 毒気を抜かれたクロキ本部長が、イチジョー課長に同情して言う。


「そうか……あの時、一緒にシェルターに突入したのは、彼らか」


 イチジョーがハッとして言うと、メカヘッドは手を叩いた。


「そうです! 事情を聞いた上で、私は彼らに協力することにしたのです」


 クロキは半ばあきれながらもメカヘッドを睨んだ。


「“ドミニオン”のシステムをクラッキングしたのもお前だな?」


「その通り! ……もっとも、プログラムの詳しい解読や書き換えは私ではなく、善意の協力者がやってくれたんですけどね」


「メカヘッド君」


 最後列のイチジョー課長が背筋を伸ばし、舞台上のメカヘッドに声をかけた。メカヘッドも姿勢を正して、上司に正対する。


「はい課長」


「君の話を聞かせてもらって、色々と分かってきた。だが、まだ分からないんだ。不正を暴いて傭兵たちの名誉を回復するなら、他にやり方があったんじゃないか? ……君は何故、ここまでの事をしたんだ?」


 会議室に集まった捜査官たちは、静かに3人のやり取りを見守っていた。クロキ本部長も鋭い目付きでメカヘッドを見る。機械頭の私服刑事は緑色のセンサーライトを光らせ、会場内の視線を一身に受けながら立っていた。


「それは……“ブラフマー”の計画を、完全に潰すためです」




 黒尽くめの傭兵部隊とスーツ姿の新人巡回判事は第3地区の商店街を抜け、高級商業ビルが立ち並ぶ第2地区に向かって歩いていた。


「結局、テロリストたちが何をしたいんだか、わからないんだけど」


 マダラから説明を受けたアマネがインカム越しに言う。


「警備システムを動かしてるのがテロリスト側なのは分かったけど、雇った傭兵たちを殺そうとするのは、どうして?」


「『奴らをテロ集団だと考えるのが、そもそもの間違いだ。あくまでもヤミ取引をする商人たちなんだ。お上の目を盗んで、コソコソ商売できればよかったし、軍警察も抑え込むことができていた。けど、ぽっと出のヒーローが暴れたせいで商売道具が人目にさらされて、アジトもバレた。そんな時、アマネならどうする?』」


 商店街を出ると民家が並び、個人商店がまばらに建っていた。人の気配はない。皆、戒厳令とテロリストを恐れて閉じ籠り、息を潜めていた。


 軍靴の音だけが耳につく中、アマネは少し考えてから答えた。


「……逃げる、かな。逃げられるものならね」


「『そうだね。連中もそう考えた。ただ逃げるだけだと足がつく。裏工作で手勢にした傭兵も、そのままにしておくわけにはいかない……」


「うん」


「そこで、全部まとめて処分することにしたんだ。捨て身のテロを起こした挙げ句、アジトは壊滅、テロリストは全滅。そして見事に証拠隠滅、ってわけだ』」


 アマネは小さく笑った。


「でも、“ブラフマー”の作戦は失敗ね! このままいけば、彼らに待つのは身の破滅、ってところかな」


「『そう、身の破滅だ』」


 マダラは笑わなかった。


「『傭兵たちが生き残って正体がばれて、作戦の内情を証言されては、全てが台無しだ。そこで連中は、絶対に傭兵たちを逃さないための切り札を用意した』」


「切り札……」


 黒尽くめの軍勢はテンポを落とさず、リズムを崩さずに大通りを進む。第3地区と第2地区の境界に近づき、曇り空の下に青い外壁のビルが建っているのが見えた。


「『今から、その鬼札を暴きに行くんだ』」




「“緊急体制モード”……こちら側の操作を受け付けず、モニターすることも拒否して敵を殲滅する機能です。これこそ“ブラフマー”が用意した最終手段。しかし、だからこそあばかれるわけにはいかなかった……」


 クロキはドローンの空撮映像が映し出されたスクリーンを見た。


「なるほど、動かぬ証拠を掴んで、最終兵器も潰す。奴らの計画は完全にオシャカ、ってわけだ」


 メカヘッドも画面を見ていたが、意識は他に向いているようだった。


「上手くいくといいんですが」


「ところでメカヘッド君、その緊急体制モードというのは、いったい何が起こるんだい? 彼らが何とかできることなんだよね……?」


 メカヘッドの呟きを聞いたイチジョー課長が、不安そうに尋ねた。


「生き残った兵士たちからの攻撃に耐えて、返り討ちにして全滅させるための兵器ですからね……何とかなる、とは断言できません。ただ、“それ”が起動する場所は分かっています。そろそろ……ここです」


 ドローンは第3地区と第2地区の境界に建つ大型ショッピングモール、“インパルス”の敷地に入っていった。兵士たちも次々と広い駐車場に入る。


「ここは、この前のオートマトン暴走事件の調書に出てきたような……」


 イチジョーは額に手を当ててうつむき、思いだそうと努めていた。


「そうです。暴走オートマトンとナカツガワ・コロニーのヒーローが闘ったのは、この“インパルス”の駐車場でした」


「ああ! 確か、メカヘッド君が警ら隊の指揮を執ったんだったね」


 クロキ本部長は二人のやり取りを聞きながら、思い出して片眉をくい、と持ち上げた。


「そう言えば、“インパルス”の地下には軍の古い施設があるんだったか」


「よくご存じですね! そう、そのために軍当局から資金援助を受けています。こちらから無茶も言いやすいので、前回の事件では私がお願いして、ヒーローとオートマトンの決戦の場所に使わせてもらいました」


「それもお前の仕業かよ! 本当に信用できない奴だな」


 クロキ本部長が睨むが、メカヘッドは気にせずに「ははは」と笑う。


「しかしショッピングモール地下の施設、これが問題でして」


「そういえば、何があるんだ、あそこ?」


「まだ市街地ができる前に作られた、基地から外に出るための古い連絡通路なんですよ」


 イチジョーが目を丸くする。


「そんなものがあったの? 私も聞いてないよ!」


「一般捜査課が長いイチジョーさんも知らないなんて、よっぽどだな……。それで、そこから何が出るってんだ?」


 メカヘッドは二人と話しながら、時刻を気にして携帯端末を見ていた。


「協力者に抜いてもらった情報からすると、そろそろです……3、2、1、」




 ゼロ、と言うか言わぬかのうちに、駐車場全体が震えた。唸るような低い轟音を響かせ、敷地の一画がせり上がってきた。


 たちまち巨大な柱とも、壁とも見まごう直方体のコンクリート塊が現れる。1つの側面いっぱいに造られたシャッターは、ところどころの塗装が剥げ落ち、へこみ、あらわになった地金から赤黒い錆が広がっていた。


 兵士たちは駆け足で、シャッターの前に隊形を組んだ。縞模様のバンドを腕につけた兵士の一人が、自らのインカムに鋭く声をかける。


「チューター、こちらアルファ。イレギュラーズ、現地参戦部隊、全員目標前に到着しました。どうぞ!」


「『アルファ、こちらチューター。ただ今をもってイレギュラーズ以下、全隊はチューターの指揮下に入る。総員に通達、よいか!』」


 メカヘッドがインカム越しに返す。


「了解!」


 “アルファ”が答えて右手を上げた。待機していた兵士たちが、一斉に銃を構える。


 直方体の中で、重い足音が響いた。そしてきしんだ歯車が回る音。揺れながらシャッターが持ち上がるが、膝の高さまで開くと何かが引っ掛かって停まり、歯車は空転しはじめた。


「突撃しますか?」


「『戦闘配備のまま、待て! こちらで合図を出し次第、一斉射する。よいか!』」


「了解!」


 続けざまに鈍い音をたてながら、シャッターの後ろから、丸く大きな塊がせり出した。2つ、4つ、6つ……。塊は次々にせり出し、左右2つの大きな塊に分かれた。


 一際大きな音がするとそれぞれの塊を突き破り、巨大な拳が突き出した。拳は左右に動き、錆びついたシャッターを引き裂いた。


「『撃て!』」


 メカヘッドの指示は即座に全隊に共有され、並んだ銃口が火を吹いた。シャッターの裂け目から連絡口の中に、銃弾の雨が降り注ぐ。黒々としたうろ穴の中に赤い光が一つ、ぽつり、と灯った。


「『二列目まで、単分子カッター構え。総員、迎撃体制取れ』」


 前列の兵士たちは銃を捨て、腿に固定していた細身のナイフを構えた。グリップのスイッチを入れると刃が飛び出す。




 会議室ではメカヘッドがモニターを見ながら指示を飛ばすのを、クロキとイチジョー以下、捜査官たちが見守っていた。


「来るぞ!」


 いつの間にか3機に増えたドローンが、それぞれの方向から連絡口をスクリーンに映し出している。


 赤いセンサーライトの灯を揺らがせながら、連絡口の跡から黒い装甲を纏う巨人が現れた。室内に動揺の声が広がる。


「戦闘用パワードスーツか! こんなものまで持ってるとはな!」


 クロキが驚いて言う。最前列までやって来ていたイチジョーは目を見開いていた。


「クロキ副署長、あのパワードスーツ……この前“ブラフマー”のアジトから押収したものじゃないかな?」


 ヒーローとの闘いで断ち切られたパワードスーツの両腕は銀色の部品で継ぎ接ぎされ、急所だった脚裏の関節部には、増加装甲が施されていた。


「ええ? ……確かに! 言われてみたら、そうかもしれないですね……」


「いつ盗られたんだろう……?」


 管理職二人は青くなっていたが、メカヘッドは構わずに指示を飛ばした。


「出てきた瞬間を狙え! 踏み出した脚だ!」


 巨体が上体を軽く傾げ、片足を持ち上げた。単分子カッターを構えた兵士たちが斬り込むため、両足を踏ん張って腰を落とす。パワードスーツは持ち上げた足を、連絡口の外に向かって振り下ろした。


「行け!」


 兵士たちが巨人の足に取り付こうと駆ける。しかしパワードスーツは駐車場のアスファルトを踏み抜いたかと思うと、そのまま勢いをつけて跳ねた。


「『跳んだ……!』」


 携帯端末から、“アルファ”が驚きの声を漏らす。


「総員、待避! 次のチャンスを狙う」


「『了解!』」


「やれやれ、想定以上に想定外のことをしてくれる……」


 指示を出した後、蜘蛛の子を散らすように走る兵士たちを見守りながら、メカヘッドは呟いた。




 パワードスーツは軍の連絡口から跳び出し、地響きをあげて駐車場に着地した。両足で地面を踏み込むと、バネのように駆け出した。正面を走る兵士に追いすがると、上体を捻るようにして右腕を振り抜いた。


「ぎゃっ!」


 殴りつけられた兵士が短い悲鳴をあげ、勢いよく飛んでゆく。


 巨人は追撃せず、すぐさま次の標的を定めた。距離を取った兵士が小銃を連射する。巨体は弾を受けながらも動じず、数歩で間合いを詰めた。


「ガッ!」


 銃を捨てて逃げようとする前に、兵士を殴り飛ばした。


 数人の兵士が手榴弾を投げ当てた。炸裂音と白煙が上がり、破片が飛び散る。直撃を受けても装甲がわずかにへこむだけだった。駐車場の中を巨体が駆け、兵士たちを狩っていく。




 アマネは入庫ゲートの後ろに隠れながら、場内の惨状を覗き見ていた。


「マダラ、どうしよう! 皆死んじゃうよ! ……マダラ?」


 インカムから返事はなかった。


「マダラ!」


 アマネは叫んだ。握りしめた両手に血が滲む。


 目に涙を溜めて歯噛みするアマネの前に、建物の影からオレンジ色の丸いものが飛び出してきた。


「アマネちゃん、泣かないで!」


 オタマジャクシのような尻尾と、猫のヒゲかウーパールーパーのエラのような3対の突起を持った丸いものは、2本の足でぴょんと跳ねた。着地すると感情の見えない両目でアマネを見つめ、少女とも、少年ともつかない声音の人工音声で話しだした。


「ボクはドット。キミを助けに来たんだ。さあ、ボクの力を使って、魔法少女になってよ!」

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