レディ・ステディ

 「通過しちゃったよ…」


 奏は小さな端末の画面を何度も立ち止まって確認している。そのたびに横を歩く聖の足も止まる。

 週末の街中である。さまざまな人がさまざまな理由で街に繰り出していた。二人が立ち止まるたびに、人の流れが二人を避けてゆく。

 いい加減、落ち着きなって、と聖は小さく声をかけた。

 「ねえ、奏は今まで何曲くらいコンテストに出したのよ」聖は自分のスタイルが今の音楽スタイルにマッチするとは全く思ってない。もちろん、それなりにトレーニングすれば歌えるだろう、とは思う。だからコンテストなど受けようなどと思った事がない。ついでにいうと一つのバンドにも縛られたくもなかったから、人が評価される場に自ら作品を出す奏の気持ちが今ひとつ理解できないでいる。

 「十曲だよ。完パケで」聖は完パケの意味がわからない。

 「ヴォーカル、ドラム、ベース、それにギター、キーボード」全部録音して仕上げた状態を完パケって言うの。つまり、完全パッケージの略ね」

 「ということは、だよ。奏は全部の楽器弾けるって事なの」

 「そうだったら良いんだけどね。全部打ち込みなの。音質に細かくこだわらなければ、今はpc一台あればなんとかなっちゃうのよ。根気とこだわりさえあれば、誰でも全部打ち込みでなんとかなっちゃうのよ。だから」

「だから」

「全部打ち込み。そんな人、今は結構多くて。だから」

「だから」

 「応募数も多い。今回はわかんないけど、いつもだと五百名くらいかな」

 五百名。確かに大きい数だが、聖にはやはり現実感が無い。それでも目の前でよろこんでいる奏を見ていると、なんとなくだが、凄いことは伝わってくる。

 「とにかくおめでとう。で、次は何をすれば良いの」

 奏は、また画面を見つめながら、何かを考えている。聖が質問した時に青から赤に変わった信号が、赤から青に変わるまでの時間はゆうにあった。

 「ねえってば。次は何を」

 「聖の力が必要なの」奏は聖の発言に被せて言った。

 「ついに聖の歌を音源化する時がやってきたのよ」


 次の審査の課題は、ヴォーカル・トラックを有する曲である。必ずヴォーカル・トラックが入っていること。ヴォーカロイドを使用したり肉声を加工しても可能だそうだ。ちなみにこの条件は二次審査に進んだものにしか明らかにされないらしい。

 奏もヴォーカロイドのソフトはもちろん所有していたし、使用したこともある。しかし両親の影響で、ずっと肉声の楽曲しか聴いてこなかった奏にとって、その人工的な歌声を模した「音」を自分の作品の中に溶け込ませることに、負担を感じたし、出来上がった作品も習作のような出来で、納得のゆく雰囲気を拭えなかった。そこに現れたのが聖である。


 奏は聖の歌声に惹かれて自分の作品への参加を打診したのだが、音楽を介していなくても友人となれるかどうか、不安があったのは事実である。まず、聖の見た目に圧倒的なコンプレックスがあった。

 すらりとした見た目、華やかな顔立ち。意思の強そうなまなざし。どれをとっても自分と真逆の聖。自分は平凡を絵に描いたような女子高校生である。見た目ののアピールポイントといえば、父譲りの身長(それでも標準より少し高いくらい)、母譲りの肌の白さ(これに関しては日焼け対策が面倒ではあった)くらいのもので、顔立ちも特に際立ったパーツもない。そのことを聖に話すと、奏は自分の魅力に気が付いて無いだけだ、と言われた。

 「今度、機会があったら私のすっぴん見せてあげるよ。今の私の顔はメイクが、まあ八割ってとこ。奏もポイントを押さえたメイクさえすれば大丈夫だよ。絶対その肌の白さは、アピールポイントになるし、身長だって低いわけじゃないしさ」そんなことを言われたのは初めてである。真摯な眼差しと、柔らかだけど説得力のある声に妙に納得させられてしまった。この事以来、聖とだったら、思うことができるようになったのだ。

 そして、それは聖も同じだった。


 妙な音楽マニアだと思っていた奏が、実はアマチュアとはいえ、真剣に作曲に作曲に取り組む女子だった、ということ。そしてその真剣さは、自分に歌唱を依頼してくる、コピー演奏に終始する者たちとは、明らかに一線を画していたのである。

 あのストリートライブの時、私に近づいてきた彼女の佇まいに、柄にもなく「運命」を感じた。それは奏には告げていない。聖は確信している。


 目の前のにる奏は、確実に自分を今と違う場所に連れて言って存在なのだ、と。

 


 

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