その日の日差しは

 もう、いいか。なかなか酷い人生だった。でも、死んだ後ってどうなるんだろ。いや、死後の世界とかの話じゃないくて、親とか仕事先とか。やっぱり根掘り葉掘り尋ねられるのだろうか。


 今度の曲はそこそこだと思ったんだけどな、って、それはいつもの事なんだけど、今回は違ったんだよ。何というか自信のというかモチベーションが今までと違ったんだ。根拠は特に無いんだけど。で、いつものごとく落選だ。曲が出来上がると、いつも達成感と後悔が打ち寄せる波のように交互にやってきて。いろいろ、疲れる。


 ─回数を重ねれば、それに比例してクオリティは上がってゆく─


 会社を辞め、憧れていた竹越のミュージックスクールを通いだしたのは、二十七才の時だ。会社はなかなかハードなところで、労基はほぼ無視。八時に出社すると帰宅できるのはいつか分からない。唯一休みだけは週二回あった。結局、利益は役員と呼ばれる反社まがいの男たちと、その取り巻きに吸われ尽くされて、手元に幾ばくも残らない。だから、休みの日の前日は、バイトでスーパーの品出しや土木作業をやった。


 よくやったほうだろ、俺。


 今度も、そう思った。真剣に自死を考えていたのはその頃で二回目くらいだったと思う。細々と生きていくなら、いっそのこと消えたい。遺書のつもりで、殴り書きのように書いた曲がコンペの候補に残っている、と聞かされた。


 「え…あ…そうなんですか」講師室に呼ばれて竹越から、その話を聞かされた。

 おめでとう、というか、まだ早いけど。クラスで二名のうち一人が自分だったらしい。

 「よくできてる。今までの川村くんの傾向とは真逆だな。多分何かあったんだろう。それくらい作風が変わっている」

「消えようと思ってたんです。これを書いてた頃」

 竹越は、そうか。とだけ言った。簡易喫煙室には、竹越と川村以外誰も居ない。ブラインド越しの窓からは周囲の雑居ビルが見える。

 「個人的なことだ。答えなくてもかまわないけど、それは物理的な意味で言ってるのかな」空調が程よく効いていて、日差しが心地よい。俺は物理的。そうですね。その通りの意味ですよ、と言った。

 「この年になって、働いて曲作って、また働いて。結局、自分は何をしているのか、って考えていたら、もういいや、と思いはじめていたんです。これ書いてた頃は」

 竹越のクラスの中で、俺は3人いる年長組の一人だ。もう二人も同じような境遇であるらしいが、よくは知らない。業の深い音楽、ことにロックに囚われてしまった囚人。そんなとこだ。

 俺もそんな生徒の一人だと、竹越は思っていたのだろう。俺の音は、キーボードをメインにしたアンビエントでダークなインダストリアル・ロック。自らの内側、暗い穴を見せつけるような音を鳴らす。しかし、今回は、真逆のことをやった。自分がもっとも嫌悪する音。過激な音色と速いテンポ、メジャーキーのダンスミュージックにボーカロイドの歌唱をアレンジした音だ。「死ぬ前のひと踊り、ってヤツです。そう割り切って作りました」


 「世の中は当然ながら不公平です。同じ努力をしても報われる者とそうでない者がいる。僕の初期衝動は、そこに噛み付くことで成り立っていた。でもね、もう疲れたんです。でも音楽から、ロックからは逃げられない。消えるしか無い。それなら、まず自分の初期衝動を殺してから実際に消えよう、と思った。で、書いたのがあの曲です」俺は自分の声を聞きながら、とても透明で、そこに自分存在することすら忘れそうになっていた。無機質な明るい日差しに溶けて消えそうになる。ここにいるのは本当に俺なのだろうか。


 「いいね、ひと踊り。そういえば、タイトルも面白かったな」竹越は言った。

 俺はその曲に『牧神、あるいは酒神(仮)』というタイトルを付けた。


 「ならば、派手にやろうか」目の前の男は、とても楽しそうに微笑んでいる。

 いいよ、付き合ってやる。その日のうちに俺は会社に辞表を出していた。

 


 

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