エヴォリューション・ユニバース
「君たちの作品は全部聴ききました。どの作品も基準には達していました」竹越はそう言うと教室にいる生徒たちを見渡した。
提出される楽曲には、あらかじめ設定されたフォーマットでまず判断される。その後に講師である竹越がジャッジをするのである。
長髪、短髪、金色をはじめとしたカラフルな色に髪を染めている生徒たちが多い。十代後半から二十代の若者が多い中で、ぽつぽつと若者とは言い難い、自分と同い年くらいの人間もいる。音楽、特に西洋十二音階で構成される、ロックミュージックやポップスに魅了された人間たちがここに集って竹越や他の講師たちの講義を聴き学んでいる。
音楽というヤツは─
この中の少なくない人間が、いつか自分の作品で生計を立てられる、と信じている。しかし、間口は年々狭くなっていく。竹越はそう思っている。作り手は増えているのに、聴き手が減っているのだ。音源の売り上げは年々減少しているし、一定金額を支払えば、聴き放題のサブスプリクションも増えている。それに加えてリスナー耳は変に肥えてしまってるから始末が悪い。世界は広い。理論やマーケティングだけで音楽を語る人間が、ワサワサとでてくる。
このスクールからメジャーレーベルと契約を結ぶ、もしくは、そのための話し合いのテーブルについた人間がどれだけいたか。そのことを思うと竹越は、いつも暗澹たる気分になる。スクールに来なくても、自分を信じてインターネットを通じて、自分で動いたほうが良いよ、と声を掛けたくもなるのだ。
「プロとしての基準はクリアしてもコンペを通るかどうかは、また別です。で、この中で今までで完パケで百曲以上、作ったって人はいますか。精度は問いません」完パケというのは、曲に歌詞を付け、アレンジメントまで行った状態である。デスク・トップ・ミュージックに誰もが手を出し易くなった。パソコンさえあれば、もっと言えばスマートフォンさえあれば、誰でも作曲ができる時代である。環境は、ひと昔前より確実に整備されている。
三名が手を挙げた。確かにこの三名は、今回の課題でも頭ひとつ飛び抜けた楽曲を作成している。「ありがとう。手を降ろして下さい」
「真剣に作成していれば、曲のクオリティの上昇曲線は数に比例します。もちろん絶対ではない。ですが、場数をこなすのは絶対に必要なんです。いつも言ってるよね」何人かが頷く。「あらかじめ、ここに趣味で来ている方は、除外しています。楽しく学んで頂いて大丈夫です。ただし、プロとして音楽でメシを食べたいって人」
また、頭の中であの曲が鳴りだす。いや、あの日以来曲は常に竹越の頭の中で鳴っていて、ふとした時にボリュームが大きくなる。
「あえて名前は控えますが、プロとしてコンペに出せる作品は、僕のみたてだと二作品です。この二作品には、他の作品には無い何かがある。サムシングエルス。誰の耳にもすんなりと忍び込めるナチュラルな感覚。二作品にはそれがあった」
でも頭の中に居座っている曲は、それもそなえていて、なおまだ聴きたくなる中毒性がある。ピアノと打ち込みのリズム、ベースライン、それに装飾的な音色があくまでも控えめに散りばめられていた。岩にこびりついた苔や泥を落として磨きをかけた、言わば引き算の曲。
「二作品の作者には、個別に連絡します。とにかく、毎日書いて下さい。完パケできなかったとしても。ワンフレーズでも、ワンセンテンスでも、ワンノートでも良い。とにかく書いて下さい。以上です。お疲れ様でした」
また曲のボリュームは小さくなる。資料をもらわなければ。竹越は廊下の端に設置された仮設喫煙室へと歩いていく。
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