出会いがしら

 歌い終わると、目の前にに自分と同い年くらいの女の子が立っていた。

 それ自体は、特に珍しい事じゃない。聖の事を聞きつけて路上ライブに足を運ぶ女の子はこれまでもいたからだ。


 誰。


 何故か聖は、異性よりも同性に人気があった。なぜ同性からなのか。自分ではよく分からなかったが、同級生や後輩は聖の立居振る舞いと、見た目のギャップにやられるのだ、という。パフォーマンスしていないときの聖は大人びた女子高生にしか見えない。

 少し明るいロンングヘア。白磁のように白く、きめ細かい肌。身長も百七十センチ近くある。おおよそ、今の女子高生が憧れる同性を体現した容姿である。人がきをかき分けて聖の目の前に現れたのも、自分と真逆の容姿の少女だった。まず眼鏡。それから肩口あたりで切りそろえたボブ。聖と似ているところは、肌の白さ。そして意思的な瞳。

 「ってことで、今日はここまで。あとは二人でよろしく」


 奏は聖の後について歩いてゆく。聖はマイクスタンドから手を離して、その場を去るときに、軽く奏の肩に触れた。とても軽く。それから人垣の前を横切って歩き出した。奏はその後について行く。聖が前で奏がその後を歩く。その姿を他の人間が見ていれば、単に友人どうしに見えていただろう。


 ─こんなのをカリスマ性って言うんだ、きっと。


 奏は聖の少し茶色がかった髪を見てそう思った。

 土曜の午後の公園。光と嬌声が飛び交っている。目を凝らせば、それらが可視化できるくらいに幸せが飛び交っていた。その中を二人は歩いてゆく。途中、聖はキッチンカーの前に立ち止まった。

 「えっと…コーラ」そういうと聖は奏を見た。

 「おごるよ。さっきライブで前払いでもらってたから」

 「えっと…じゃ、同じで」

 「じゃ、コーラ二つ。フロートもトッピングして。大丈夫、甘いの」

 「あ…うん」

 店員から聖へ、聖から奏へと褐色と白色の液体がバトンのように渡される。二人は日差しに温められたベンチに座った。

 「やっぱり天啓だわ、これって。ちょっとドラマチックすぎるきらいもあるけど」

 「何、テンケイって。で、それが私に言いたかったことかな。それと名前」

  聖は、フロートを突きながら奏に尋ねた。

 「あの、私、奏です。天田奏。てか、最初に名乗らなきゃだったね。ごめん。あ、音楽作ってます」

  聖はズッと音をたててコーラを啜った。

 「へえ、そうなんだ。確かに単なる興味本位だけで、あんな顔で最前まで来ないよねぇ」そう言うことか、と聖はうんうんと頷いた。

 「私、そんな変な顔してたましたか」奏はストローから口を離した。

 「うーん。変って言うより、思いつめてたわね。それがその天啓ってやつなのかな」聖はアハハと大きな口を開けて笑う。周囲のことはあまり気にかけないおおらかさ。それも聖の魅力だろう、と奏は思った。少なくとも奏の周りにはこんな顔で笑う友達はいない。「何にしても嬉しいよ。ありがとね」


 それから、二人は自分のことを語りあった。

 自分の家族のこと。学校のこと。友達のこと。それから音楽のこと。二人に共通していたのは、好きな音楽のジャンルに特にこだわりが無いことだった。二人とも興味を惹かれた曲やアーティストを片っ端から聴きあさるのだ。

 「じゃあ、今日はなぜジャニスを歌ったの」奏は尋ねた。

 「ああ、あれはね、ヤツらのオリジナルを二曲歌う代わりに、アレ歌わせてって言ったんだ。彼らはいつもシティポップとかAOR寄りの曲をやってんのよ。だから、全然違う曲演りたくてさ。で、コピーさせたわけ。ようやくライブでジャニス歌えた。どうだったかな」語尾に被るように、奏は最高だった、と答えた。

 「私もさ、英語の発音とか細かいことは分からないけど、とにかく最高だったよ。私と同い年の子が、ジャニス演るなんて、びっくりしたし」

 ありがとう、聖は言った。また笑顔。とにかく惹きつけられる笑顔なのだ。


 「さて本題に入ろうか。で、天啓って何?奏は私と何がしたいの」

 夕刻になり気温が下がり始めた。日差しの名残りをとどめていたベンチも徐々に冷たくなり、公園に集まっていた人々も家族づれから若い男同士、女同士、それからカップルへと変わりはじめた。

 「天啓ってのは天からお告げ。私は神様から聖を紹介されたんだよ、きっとね」

 「へえ、天啓、ね。なるほど。スケールの大きい話ね。買いかぶりすぎ。私、そんな大した人間じゃないよ」その言葉を遮るように奏は言った。

 「私の曲、聴いて。そして、歌って」聖は、にっと唇の端を釣り上げて、瞳を輝かせた。「やっぱりね、そうこなくっちゃ」

 二人は端末を付き合わせて、連絡先を交換した。ディスプレイの白い光は、二人の顔を輝かせている。

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