テンション・ノート

 私は人だかりに混じって、女性ヴォーカルの端末で写真を撮り、検索をしてみた。

その女性「石田 聖」の名前は検索画面のトップに出てきた。


 「いしだ せい」と私は小さく声に出してみた。

 

 素敵な名前だ。アイドルの名前でも、おかしくないかも。

 聖は、路上ライブに突然飛び入りしては、個性的な歌を聞かせる女子高生らしい。

 確かに個性的だわ、と私は改めて彼女を見た。男性二人をのライブに飛び入りしたのだろう。


 しかも、ムーブ・オーヴァーって。


 父や母がよく聴く、60年代に世界を席巻した伝説のシンガー、ジャニス・ジョプリンの曲。それをジャニスもかくや、というテンションで高校の制服のまま髪を振り乱してシャウトする彼女のインパクトに、私は圧倒された。憑かれたように、頭を振り髪の毛を乱してシャウトする様は異様でさえある。

 憑依型かと思いきや、ピッチはしっかりしているし、フェイクもツボを得ている。要するに憑かれながらも、意識のどこかは覚醒していて、常に曲を活かすことを考えているのだ。

 「ども。聖です。良いかな」と後ろの二人を見る。2人は満足げに親指を立てている。


 あ、そういうことね。


 つまり、今回のゲリラ行為はヤラセって事か。しかし予定調和とはいえ、これだけのパフォーマンスを見せつけられたら、観客も何も言えない。事実、私がそうなのだから。

 三人は軽く打ち合わせをすると、今度はほのぼのとしたリズムに、アルペジオのイントロを奏で始めた。『デイ・ドリーム・ビリーバー』

 しかも、その昔覆面フォークパンクバンドがカヴァーしていたバージョン。


 何、これ。マニアックすぎ。

 演奏を聴きつけて、また人垣が増える。今度は年配者だ。聖は先ほどと違って、すごく丁寧に歌っている。


 こんなふうにも歌えるんだ。


 ありし日々の甘酸っぱい思い出をなぞるような。その歌唱に後から人垣に加わった年配者たちは、陽だまりでくつろぐ猫のような表情で曲に聴き入っている。自分とそう年齢の変わらないこのコは自分の歌声で、この場をコントロールできるのだ。


 このコなら。と私は思った。


 曲が終わるのを待って、私は人垣を押し退けて石田聖の前に向かって歩きだした。その間も聖は歌い続けている。聖は私に気がついていない。いや、気が付く必要は無い。そのまま歌い続けて欲しい。

 聖が今歌っている歌を私は知っている。でも、私が作る曲とは雰囲気が全く違う。


 天啓、という言葉を授業で習った。


 彼女はどうか知らないが、私は勝手にこの出会いは天啓だと思った。

 私と聖の距離が少しづつ近づく。片想い、だと私は思っている。この聴衆の前で私は、見ず知らずの、でも同じ年頃の同棲に告白をする。


 私が最前列にたどり着いた時に、曲が終わった。

 

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