アイスクリーム・ブルーズ

 感じたまま、歌えばいいのに。

 聖はいつもそう思う。


 聖には絶対音感があるからね─


 たしかに。でも、それが何だというのだろう。決められた音階を口ずさむだけ、とまでは言わないけれど、今、流行りのポップスやロックに聖の心を動かす何かがあるかと問われたら、聖は迷わず無いと答える。


 例えばジャニス・ジョプリンという歌手がいた。聖が彼女のことを知ったのは、家族と買い物に行く車から流れてくるラジオだった。『ムーブ・オーヴァー』という曲だ。最初は何が起こったかと思った。


 酷い声。


 カン高く喉を引き絞るような彼女の声は、とても不快だった。特殊な耳を持つ聖にとって彼女の声は異物である。

 不快であるのに加えて、自分には苦手な英語で歌われている。意味も分からない。それなのに、彼女のカーテンを引き裂くような声が耳から離れない。

 聖は動画サイトで、彼女の動画を見てみた。彼女は既に死んでいた過去の歌手だった。ブッ飛んだ衣装で足を踏み鳴らし、極彩色のエクステを振り乱して歌う彼女を見た時に、聖は初めてむき出しの歌に出会えた気がした。

 それから聖は友達とカラオケに行く時も流行りの歌を自分流にアレンジして歌うようになった。

  どうせ他人の曲なら、自分の思う通りに歌いたい。メロディラインを変え、時にフェイクを交えて歌うようにしたのだ。


 「な、頼む。俺らと一緒にってくれよ。俺らにはお前が必要なんだ」

 「アホか、なんで私がお前たちとんなきゃいけないのよ。面倒だっての」

 土下座でもする勢いで聖に頭を下げているのは、軽音楽部の佐野と中川だ。彼が部活動だけでは飽き足らず、週末に路上ライブを行っている。

 「この前のカラオケ、マジでビビったわ。魂が持っていかれる、ってのはああいうことを言うんだよ。な、中川よ」佐野が興奮してまくし立てると、中川は、うんうん、と何度も強くうなずく。

 「こう、何つーか原曲通りだけど、よりパワフルになっていると言うかさ…自由すぎるくらい自由、つーか。とにかくお前やべェってことだよ。な、中川」

 やはり、中川は無言でうなずくばかり。

 「じゃあさ、私は本当に自分の好きなように歌って良いんだね。どうなっても知らないよ」聖はフフンと笑った。彼らのっているのは、青臭いメッセージを歌う、アコースティック・ギターを使った、フォーク・ロックなのだ。それをどうアレンジしてやろうか。聖は指でリズミカルに机を叩いた。


  決行は、今度の土曜日。学校が終わってから。場所は佐野と中川がいつもパフォーマンスしている公園である。そこに観客に紛れた聖が佐野の呼びかけに応じて、乱入する、と言うことになった。


 本当にどうなってもしーらない。

  

 頼まれごとは苦手だった。でも、それをやらない、と言うことを選択する方がもっと嫌だ─


 生まれながらの天邪鬼なのだ。


 


 

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