第39話 - マナーバトル:第六王子ミゼル④

「街道の整備、教育機関の設立、志ある事業への投資。未来を見つめる投資計画、だって? すぐに利子を返さないといけないのに、なんて悠長な計画を立てるんだ」


 アリアクラフト大商会、その他貴族から?き集めた資金をどう活用するか。託されたクロシェが必死に考え、紙に殴り書いていたものと同じことを、キースが口にする。

 呆れるようなその笑顔は、第七領で何度も見せた、いつもの日常と同じものであった。クロシェが自ら、捨て去ってしまったもの。

 彼女はそれに答えることもなく、ぎゅっと手を握り締める。そんな様子に、やれやれと首を振って、キースは、再度問いかけた。


「穴も荒も多い計画だけど、ブラッシュアップしたら、まあ、悪くはない内容になるだろう。資金繰りもまあ、考えるさ。クロシェ。君は本当に、これを人任せにして平気なのか。ここからどうしたいのか、お前が考えて、お前が決めるべきなんじゃないのか」

「……もう、全部、遅いんです」


 何故そんな意地悪なことを聞くのだろうとクロシェは思った。勝負は決着し、彼女自身の愚かさのために、あの類まれなる日々に戻れなくなった。多くの人を地獄に突き落としてしまった自分に、本音を打ち明ける資格なんかもありはしない。彼女はそう考えていた。

 そんな様子を見て、呆れることもなく、キースは、しょうがなさそうに笑ったのだった。


「本当に、この魔法があってよかったよ――本音を語りな。【クロシェ、君は、ここに戻って来たいんだろう】」

「【はい】」


 どれほどの失意で言葉を失おうと、相手の本心を引き出す――その御業は正しく、魔法以外のなにものでもない。

 クロシェは、涙を流しながら、答えた。


「……私は、わがままを言うなら、第七領に……あそこに戻りたい……! 今度こそ、今度こそって思えた、あの時間に……戻りたい……!」


 頬を濡らし、心の中からの叫びを上げる。卓を挟んだ向こう側にある、かけがえのない宝物を見つめながら。

 ようやく表れた本音に対し、キースは苦笑する。


「うん。君がそう決めたんなら、そうしようか」

「お話のところもぉぉぉしわけないんだけどよォ! もう【テーブル】は終いなんだわ! 俺の嫁に、ちょっかいかけるのはいい加減にしてくれねえかなぁ!」


 ミゼルが痺れを切らしたかのように割り込む。もうとっくに決着した勝負、愚かな兄妹の会話など聞くに堪えなかった。

 だが、それに対するキースの返答は、意外なものだった。


「いえ、ミゼル兄様。話し合いはまだ終わっておりませんよ」

「……あァ? 寝ぼけてんのか? お前が、さっき、この書類にサインしただろうが。領地交換は終了だ、他に語ることなんざねえよ」

「第一に」


 ぴん、と、人差し指を伸ばした。ミゼルは不機嫌そうに、それを眺める。


「ハミルトン・シェラードの借金の話がありましたよね? 第六領が負担してくれる、と。――本当にそれ、可能なんでしょうか」

「あァ? 舐めてんのかてめぇ」

「ガハハハハ! いくらなんでもそれは無理筋でしょう! せいぜいが六千万ミル程度の借金。返済に問題はございません!」

「それは、見積もりが甘いのでは?」


 笑い飛ばすミゼルとガレンを、一蹴するキース。なにを言われているのかわからず、ガレンは首を傾げる。

 その時、これまで沈黙していたカイネが、するりと一枚の書類を卓に置いた。


「ご査収くださいませ、ガレン様。こちらはハミルトン様、シェラード様との契約書の写しでございます。ちゃんと記載がございますよ。『返済額は、その返済日における第七領の総生産額からマナの総数を按分し割り当てたものとする』と」

「あ~? なにをごちゃごちゃ言ってんだよ、要するに六千万ミル程度の借金ってことじゃねえかボケ!」

「第七領の総生産額から、マナの総量を割るんですよ、ミゼル兄様。――まだ、意味がわからないですか」


 己の価値を「株」という最小単位に分割して切り売りし、その時々の需要により価値が変動する、現代における株式という概念に似た取引内容であった。彼らに馴染みがないのは当然だろうが、そこに込められた罠に、気付くことができなかった。


「大量にマナを奪ってくれましたね。残り少なくなったマナ一つ分の価値は、爆発的に上昇した。借金が数倍になったってことですよ。――計算上は、二億三千万ミルの借金となります」

「は……」


 第六領に突撃し、無残に返り討ちにあった。と思われていた一連の流れは――この時のための布石であった。ミゼルは、急激に膨れ上がった借金に言葉を失うしかない。

 だがそこでカイネが「いやいや」と口をはさんだ。


「あれからハミちゃんが、追加のマナを欲しがっちゃいましてね。同じ契約内容で「2」マナほどあげました。なので三億七千万ミルの借金となります」

「バカ言ってんじゃねえ! そんな膨れるわけがねえ! でまかせをペラペラ並べてんじゃねえぞ弱者共!」

「はいこれ、第七領の統計資料一覧でーす。マナの数も総生産の額も全部証明済みです。――なにが、でまかせ、なんでしょうか」


 どこに隠していたのやら。カイネは大量の資料を卓の上に乗せ、堂々と宣った。ミゼルとガレンは凍り付く。

 第七領ほどではないにしても、第六領も決して裕福な領地ではない。数億の借金を軽々と返せるほどの余裕は、全くないのだ。

 その様子を見たキースが、くすくすと笑った。


「やはり厳しいですよね。なら、同等のなにかで充ててもらって、返してもらうしかない。それを話合いましょうか」

「し、知らぬ、こんなのは! ハミルトンの、シェラードの借金だ! 我々が支払う理由など、あるはずもない!」

「おや、さっきご自身で、負担すると言ったじゃないですか……【第六領で返すと言いましたよね?】」

「【嘘つき小僧の末路リトル・ボーイ】! 取り消せ!」


 キースが魔法で再び言質を取ろうとするが、それに対するように、天使の周囲を浮く光輪が一つ弾ける。光は光線となり、渦巻きながら、キースへ放たれる。が。


「――西方魔術【鏡に映る君の影ミラー・ミラージュ】」


 突如空中から浮かび上がった、一枚の鏡により遮られた。キースに向かっていった光が鏡にぶつかり反射して、天使の元へ反っていく。その光に飲み込まれたガレンの魔法は、蜃気楼のように、溶けて消えて無くなった。


「【嘘つき小僧の末路リトル・ボーイ】。相手が嘘をつくと、光輪トークンが一つたまる。光輪トークンを一つ消費することで、相手の魔法を無効化させることができる。酷い魔法だよねー。ズルいくらい便利な魔法だ。でもね」


 それがガレンの魔法の全貌であった。そして今回の計画の要でもあった。第六領に組み込んでから、これでクラインを問い詰める。彼がいる限り、嘘も吐けないし、透明の魔法も解除される。そういうプランであったのだ。

 だが、その自慢の魔法を打ち破ったカイネが、それまでの猫をかぶっていたような慇懃な態度から一転、いつもの軽い調子で話しかけた。


「発動時は透明な状態で出現する。一つを護衛対象として指定することができ、相手の耐性を下げた状態で、発せられた魔法を跳ね返すことができる。――これがあたしの【鏡に映る君の影ミラー・ミラージュ】。こっちも負けないくらい、ズルいでしょ」


 鏡は再び色を無くし、空気の中に溶け込むように消えた。ミゼルの危惧は当たっていたのだ。カウンター型の西方魔術。これがカイネの魔法であった。

 そして、キースが問いかけた質問は、まだ生きている。


「【はい】」


 ガレンは答えるしかなかった。青ざめた顔で、目の前に積まれた資料を、呆然と眺めていた。


「あたしさー。基本的に帳簿とお菓子しか興味ないんだよね。でもさ、クロ様のあんな穴だらけの事業計画書なんか見ちゃったらさ。お菓子奢ってくれるクロ様が泣いてるのを見せられたらさ。泣かした奴らが目の前で真っ青になってくれるんだったらさ」


 カイネは、低い声で言い放った。


「そりゃ、本気出しちゃうよ」


「無駄な足掻きをすんじゃねえ、タコ共が!」


 ミゼルが苛立ちを隠そうともせず、卓を力強く叩く。


「今、部下がクライン領を囲んでいるんだ。確保次第、速やかに第二領を抑える。その途中で第七領も制圧してやる。わかるか? お前らの領地なんざなくなるんだよ、借金もチャラだ。何億だろうが関係ねえ。もう詰んでるってのがまだわからねえかカスが!」

「へえ、なるほど、クライン領を囲んでいるんですね」


 それは暴論でもあり正論だった。領地交換が終わってしまった時点で、第一王子派のシナリオ通り進のだ。制圧が済むまで、借金なんて無視を決め込めばよいのだ。

 その反論に対し、キースは奇妙なほど冷静に受け止め、呟いた。


「制圧できればいいですね」

「あァ?」

「ところでミゼル兄様。金剛鉄姫の名を、ご存知でしょうか」

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