第40話 - マナーバトル:第六王子ミゼル⑤

「ご機嫌よう、皆さま。お待ち申し上げておりました」


 クライン家の周りに咲く草花が揺れる。紫色の外套を着た集団が、館周辺を取り囲む。彼らは第六領最強の部隊『紫刃』。数十名が集結していた。

 ここは既に第六領となった。彼らの本土であり、制限なく存分に魔法を使用できるエリアなのだ。田舎貴族の魔法など恐れるに足りず。主の命を速やかに達成するべく、まずは領主の館を取り囲んだのだ。

 予想外であったのは、そこから出てきたのは一人の女であることだ。――青いドレスを身に纏った、顔の美しい女である。紫色の一人が、代表者として声をかけた。


「女。そこをどけ。俺らは館の主に用がある」

「まあ、なんでございましょうか。こちらで承りますが。是非お聞かせください」

「警告だ、女。痛い思いをしたくなければ、黙って主を連れてこい」

「ご用件があれば、こちらで承りますが」


 その時、疾風のように駆ける者がいた。背から翼を生やしたその男は風のように接近し、右手に掴んだ刃物で――有無を言わさず彼女の首元を掻き切る。


「あ……あ」

「女は文句言わねえで、男の言うことを聞いておけ。さ、隊長殿。館に入りましょうや」


 膝をつき崩れ落ちる青き女。あまりに無慈悲な光景であったが、それをありふれた風景と置けてしまうほど、彼らは暗闇に慣れすぎた。

 死体を踏み越え目的を達しようと館に入るが……紫刃の一人が、異変に気付いた。おかしい。女は確かに首を切られていたのに――血が、飛び散っていない。

 玄関に入ろうとする男たちの背後で、軒先で倒れたはずの女が、ゆらりと立ち上がった


「――私、思うんだけどさぁ」


 耐性、という概念がある。

 例えば、手のひらから炎を出す魔法があったとして。普通に考えるならば、それを発動した瞬間、真っ先に燃えるのは自身の手のひらである。

 なので、魔法を使う者は、自身と同じ属性の攻撃に耐えられる能力を獲得する――これが耐性という考え方であり、魔法を習得する全ての者が通る道である。

 無論、例えば炎を遠くのほうに飛ばすなど、工夫をして発動させることもできるが、一般的には高い耐性を持つ者のほうが、高出力の魔法を発動させられると考えられている。

 だが、この世には、この耐性の一歩先を行く、異形の才を持つものがいる。

 それは理屈や理論では身につかないもの。神が気まぐれで与えたとしか考えられないような、あまりにも理不尽な能力である。

 自身が扱う魔法と同じ属性の攻撃を、全く無効化する。因果から拗れ、攻撃そのものの事実さえ無かったことになる、呪いとも呼ぶべき力。

 それを持つ者のことを、抗体者と呼ぶ。


「男が女より優れてる、ってならよ。この世に性別は、三つ無けりゃ、おかしくないか」

「……何」


 再び、翼の男が襲い掛かった。両手に刃を持ち、容赦なく幾重もの斬撃を重ねる。傷を負ったはずの女は――まるで無傷で、その場に立っていた。


「耐性……いや、この手ごたえは……はは、まさか、抗体者? 刃物の抗体者なんて」

「女に負ける男はよぉ、なんなんだって話だよなぁ? 弱虫とでも呼ぶべきなのかなぁ?」


 いつの間にやら手にした鉄剣を、翼の男に振り下ろす。彼女は鮮烈に、魔法を発動させた。


「お前らはどっちだ、弱虫共――北方魔術【鉄の座に就く戦乙女アイアン・スローン】」

「金剛鉄姫だ! まさか、まさかと思っていたが、本当に、第七王子に下っていたとは……!」


 青い女――マリアが全身に鉄を纏う。騎士の装甲が現れ、巨躯が大地にせり立つ。兜の目が、ギラリと光ったようであった。


「そうさ、鉄の抗体者、金剛鉄姫はマリア様だ! 手前ら、死ぬ覚悟して来てんだよなァ!」


 両手に携えた二振りの鉄剣。大地を抉り削りながら猛烈に振り上げ、暴乱の宴が始まる。

 


「……あの暴れ馬みたいな冒険者のことだろう。はっ、まさか本当に、お前が飼い慣らしてるなんてな」

「数奇な縁がありましてね。彼女はクライン領にいます。きっと、不躾な侵入者は撃退してくれるでしょう」

「ひゃははははは! 頭湧いてんのかテメエ! どんだけ強かろうが、所詮冒険者一人だ! 集団の部隊に、為す術なんかねえだろうが!」

「ええ、まあ、普通はそうでしょうね。でも、彼女にクライン領全体のマナが扱えるとしたら、いい勝負になると思いませんか」


 何を言っているのか、わからなかった。ミゼルは目をぱちくりとさせて、眼前で何かを言った弟を見た。キースはにっこりとしながら、事も無げに言い放つ。


「彼女にクライン家の当主を継いでもらいました。今は、彼女があそこの主です」



 山ような刃の群れが地面からせり出し、何人もの紫が飲み込まれた。次々と出現する鉄の剣を掴み、斬りつけ、放り投げ、掛かってくる軍団をとんでもない速度で処理していく。


「はははははは! 楽しいなぁ、おい! これが領主のマナかよ、使い放題じゃねえか!」


 溢れるほどのマナを存分に消費し、逃げ惑う紫刃を追い詰めて追い詰めて追い詰める。これでも貧しい領地だというのだから驚きだ。冒険者の扱うマナの小ささを改めて実感する。

 

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 数日前。キースは、カールとルイスを呼び出した。

 卓上に赤い花をそっと置くと、カールは悪事が露見したと顔を伏せた。だが、その奥は更なる陰謀がある。前代未聞の国取り、第二王子派の粛清の陰謀の絵を。

 そこまでは知らされていなかったのだろう。精々が裏稼業のピンハネだと決め込んでいたカールは、あまりの驚愕に青ざめていた。


「【優雅な隠れ家クライン・フィールド】。対象の範囲を結界化させ、認知させなくする。一定時間、魔法の対象から外れることも可能な透明化の能力。非常に強力な能力だ。秘密を隠し通すこともできるでしょう。相手にガレンがいなければ」


 それがカールの能力であった。あの時、キースのカップのお茶を透明化させ、溢れさせることもできた。また、強制質問の直前に発動することで、答えを回避した。

 使い勝手のいい能力ではあるが、魔法の解除の能力の前では、無力である。

 カールは頭を抱えていた。ミゼルは味方だと考えていたが、真っ先にクライン領を切り捨てる算段だったのだ。これまでの行動は全て、裏目だったのだ。


「あぁ……あの時、第六領の商人の言葉などに乗ってしまったから……! 好事家の間で古い薬草の売買が流行っている、など! あの甘言に乗った時点で、全ては手遅れだった……!」


 絶望に陥る男に、キースは、ある提案を投げかけた。


「この奇策を受け入れていただけるかどうかは、カール、貴方次第です。きっと貴方にとっては、屈辱であるかもしれない」

「領主の一時交代。そこの、お嬢さんに、ですか……私は、そこまでして、クライン領を……」

「クロシェは、ここから去って行きました。おそらくそれが、彼女のマナーだから、です」


 その言葉に、カールは、はっとした表情となる。


「カール。貴方は、マナーは感謝だといった。今、貴方の頭は、どちらに向いていますか?」


 彼が決断を下せたのはきっと、ここにはいない少女の存在のためであった。


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「クロシェ! お前がこんな弱虫に負けたら、そんなお前に庇われた私は、なんなんだ! 私たちは、そんなに弱い人間じゃねえだろうが!」


 怒りの全てを鉄の暴力に叩きつける。目の前で応戦しようとしている男たちを、練り上げた鉄の大剣で薙ぎ払う。


「下衆な弱虫なんざ、こうやって、全部吹き飛ばしてやればいいんだよ! だよなァ、王子様!」


 鉄の騎士は止まることなく、暴乱の限りを尽くす。いかなる攻撃も受け付けぬ鎧は、彼女の心の強さを表しているようであり、騎士が両手に持つ武器は、怒りを示している。

 だが、少し、怒りが強すぎたのか。背後の死角に潜み、機を伺う敵の気配に気付くことができなかった。


「北方魔術【紫電の奔流スパーク・ボム】」


 幾つもの雷電が浮かんでいた。それは今にも爆発するかのように仄かに輝き、膨らんでいる。

 周囲の犠牲も意に介さぬ、雷の爆撃。それに気付いたときにはもう遅い。攻撃はすぐに開始される。


「北方魔術【凍てつく牢獄フロスト・ジェイル】」


 だが、別の声がしたかと思うと。猛烈な冷気の風が吹きすさび――電撃を放とうとした男が、氷漬けになっていた。


「ち……ちくしょ……なんだ、これ……」


 マリアがその声のほうを見上げる。クライン家の館の屋根に――黒衣を纏った者が一人、戦場を見下ろしていた。

 騎士は黒衣に向かって腕を上げ、両手の武器を打ち鳴らした。込められた意味を確認することもなく、黒衣は、何処かへ消え去ってしまう。


「さあて、いつまで踊れるかな、てめえら! 命尽きるまで、付き合ってやるよ!」

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