第26話 - 台風王子ご一行

「結局口ばっかりだ」「こんな無能だとは思ってもいなかった」「期待させておいてそれかよ」「貴女が来てからますます貧しくなった」「ユークリッドの血に取り入った売女」「貧乏神」「お先真っ黒、暗黒だ」「暗黒姫」「なにもできやしない、口先ばかりの暗黒姫」「出ていけ暗黒姫」


 ほんの少し前まで。民衆が私を語る声は、怒りに満ちていました。

 無能の女だと言われ、第一王子派をたらい回しにされた挙句、扱い切れないと押し付けられたのが第二王子派の第七領で、私を迎え入れたくれたのは、キースお兄様でした。

 その時は、今以上に心が壊れていて、感情が無く、死んでいるように生きていました。

 そんな私を見かねたのか、お兄様は、夜な夜な私を連れまわして、流行っている酒場に連れて行ったり、いかがわしい店に入ったりと、飽きもせずに、色んな体験をさせてくれました。

 そんな生活が、私の心を少しずつ癒したのか、一年を過ぎたころには、笑う、以外の表情を浮かべることができました。そんな私を見て、お兄様は大きく笑っていたことを思い出します。

 そして同時に、それまで見ようともしなかったものも、見えるようになってきました。

 荒れた畑。泥だらけで一日中働く領民。蔓延する薬物。どうにかしなければ、と、私はお兄様に相談しました。けれど、そのお答えは、少し、冷たいものでした。


「知らないよ。分割統治なんてバカな政策の結果だ。僕はあんなクソみたいなレースに参加する気は毛頭ない。だから好きにやってやるんだ。民が苦しもうが第七領が落ちこぼれようが知ったこっちゃない。ここでは僕が王だから、誰にも文句を言わせない」


 それは、父王への反抗でもあったのかもしれません。

 お兄様は日々遊び歩き、【テーブル】を適当に済ませ、民からの不満を一身に受けておりました。

 であれば、私がやればいいのだと。たまたま得た第七王子の義妹という地位を活用して、色んな施策を実行しました。

 民衆への希望となるような演説を行い、信頼のできる商会から肥料を仕入れ、力のある貴族たちの協力を乞う。

 私の頭の中では、全てが上手くいっていた、はずだったのに。あまりに愚かでした。

 商人が口約束で仕入れた肥料は粗悪品で、とても使えるものではありませんでした。また、貴族たちは口先では都合のいいことを言って、私たちから利権をむしり取るや否や、【テーブル】で幾つものマナも奪い去り、その後、一切の協力をしてくれなくなりました。

 雪崩を起こすように、成果は悪化していき、夢のような話ばかりを広めていた私は気付けば暗黒姫と呼ばれるようになりました。


「あんな恥知らず共、放っとけ。口を開けてれば餌がもらえると信じて劈くクソ共だぞ? お前が気に病むことはない」


 お兄様は当然のように素知らぬ顔で。むしろ、より放蕩っぷりが酷くなり、第七領はますます落ち込みました。

 だから一人で、必死になって、少しでも良い未来を拓けるように、色んなことを試したのですが、全て失敗に終わりました。

 私には、理想はあるけど、それを叶える力はなかった。

 傷だらけになりながら、それでも藻掻く日々の中、何の前触れもなくお兄様が死にました。

 魔術具【魂の色彩ソウル・ミラージュ】。対象の人間の魂を登録し、その人の色を映す魔法の篝火。毎晩のように放蕩するお兄様は、飲み潰れているのか、誰かに襲われているかの判別がつかないため、せめて、この魔術具に登録いただくことを了承いただきました。

 お兄様の、赤色の篝火が燃え盛っている間は、とりあえず命に別状はないのだと、遠く離れた邸で確認することができました。

 でも、その炎がある日ふいに消え、異なった、深い海のような青い色彩を放ちました。

 不可思議な現象に驚き、色々な古い書物に当たって、ようやく理解しました。

 色が変わる、ということは、その人間が死に絶えて、異界からの魂が転生するときに発生する現象が過去にあった、と。

 私は崩れ落ち、何時間も泣き、嘆きました。

 でも、どんなに悲しいことがあっても、時間は止まってはくれない。自らの脚を動かすことでしか、前に進めない。

 泣き疲れた体を引きずって、私は第七領の暗黒姫として、転生者となったお兄様を探すことから始めることにしたのです。

 それが、ほんの少し前のお話。


「……うぅ、ぅぅううううううう!」

「アニスさん。認めてしまったほうが、楽ですよ。貴方が商会の売上を横領して、お気に入りの娼婦につぎ込んでいることは、もう掴んでいるんです」

「ううううううう!」

「それも、笑って見過ごせるような額じゃないですよね? まだバレてはいないみたいですが、その内合わない収支の確認を求められる。その時までに放出した分の金は、戻しておかないと、どうなっちゃうんですかねえ」

「ああ、あぅ、う、うううう……!」

「だから、我々に融資をしてくださいよ。お返しする金利は、商会経由ではなく、直接貴方にお渡しすることをお約束します。金利を幾らで契約しているのか、は、貴方が自由に、商会に伝えればいい。その差分で、なんとかなるでしょう」

「あ、悪魔……鬼、なんて、ぐ……ぅぅぅうううう!」

「カイネ」

「はいはーい! ええとね、とりあえずホントの金利の書類作ってきてるから、ここにサイン頂戴ね! え? 金利が安い? あっはー! あのアリアクラフト大商会ですら8%の金利なんだけど、アニスちゃんのとこはそれよりも取っちゃうんだ、へー、凄い商会なんだね、ウーちゃんにも教えちゃお~……このままでいい? え~そうなの、謙虚だなあアニスちゃん!」


 水を得た魚のように、カイネさんは、巧みな弁舌で、より有利な条件を引き出していました。

 今回の商談相手……アニスさんは涙目になりながら、悔しそうに、言葉を絞りだすのでした。


「うぅぅぐぅぅ……突然、手紙なんかがきたからおかしいと思ったんだ……第七王子の……いや、台風王子の連絡なんか、もっと身構えるべきであった……!」


 でっぷりと肥えた下あごをぷるぷると震わせながら、アニスさんはそう嘆きます。

 お兄様は、首を傾げながら「台風王子?」と聞き返しました。すると、アニスさんは、ダンと机を叩き、大きな声を上げます。


「そうですよ! 颯爽と現れては、どこから掴んだのかわからない不祥事の情報と大商会の後ろ盾を名目に、金銭を巻き上げるその様はさながら台風! 出くわした貴族と商人は泣く泣く無担保の融資をせざるを得ない、理不尽な災害、台風王子! 貴方のことですよ!」 

「……それ、誰が言い出したんですか……?」

「タチの悪いことに、傍で静かに微笑む花のような美しき貴人……月花美人の微笑みを見たら、多くの男はころりと油断してしまう! 更には隣に侍る暗黒姫! 最悪の一行に目を付けられてしまったんだ……」

「ね、ね、ね! あたしは? そのカッコいい呼び名、あたしはなんかないの?」

「なんかないの、だとぉ~!?」


 無邪気にそう尋ねるカイネさんに対し、アニスさん、は荒れた声で答えました。


「お前はただの守銭奴だ! 女のくせに金の話ばっかりしやがる亡者め!」

「はぁ~~!? もっとなんか、あるでしょうが! ちゃんと考えろやコノヤロー!」


 お二人は、わあわあと元気よく言い合いを始めました。やれやれ、と、苦笑いしながら、お兄様はそれを仲裁します。

 いつの間にか、暗黒姫の悪名は、台風王子の後ろに隠れてしまっていて。なんだか不思議な、こそばゆい気持ちになるのでした。

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