第20話 - 三人の妖刀

 クロードの言ったとおり、広間には三名の女性が立っていた。


 一人は豊かな金髪に青いドレスを纏った、とんでもなく顔が整った、美人。

 一人は小さな背丈の女の子で、大きな目がいたずらっぽく、くりくりと動いていた。

 一人はやけに露出度の多い服を着ており、妙な色気を醸し出しながら、気だるげな表情でこちらを眺めている。


「ようこそ、王子邸へ。よく、お越しくださいました。心より歓迎いたします」


 キースは目を輝かせながら、彼女らを出迎えた。隣のクロシェは、ぽかんと、その三名を見ている。

 本当に、あんな内容で、人が来た。しかも、凄い美人も混ざっている。

 この方々が、世から外れた異才を持つ……のか? まるでそうは見えない、のだが。


「僕はキース・ユークリッド。この、第七領のしがない主だ。君たちは、きっとあの求人を見て来ただろうから、早速その話をしたいところ、なんだけど。その前に、まずは、皆の名前を教えてくれるかな」


 そう言って、キースは左端に立つ、金髪の女性に、さり気なく視線を向けた。彼女はそれを受けて、たおやかに、にこりと微笑む。


「はい、無論。私のことは、マリア、とお呼びくださいませ。お会いできて光栄でございます」


 そして、彼女は、短い挨拶を終えた。それ以上なにかを語るつもりもなさそうで、美しく微笑みながら口をつぐむばかりであった。

 それを察してか、中央に立つ背の低い少女が、ばっ、と手を上げて元気よく話し始めた。


「はいはーい! あたしの番だねー! えへへ、あたしはね、カイネ! カイネ・フィロー! あんなバカみたいな募集見てのこのこ来てやったよ! 嬉しいでしょ、えへへー!」


 無邪気にぴょんぴょん跳ね回っているが、さらりとすごい毒を吐いている。

 そして最後の、気だるげな色女が口を開いた。


「…………ミウ。仕事を、しにきた」


 それきり彼女は口を開かなくなった。なんという口数の少なさであろうか。本当に仕事をするつもりがあるのかも怪しいくらいの気だるさであった。

 キースは、それ以上なにかを問いただすことはなく、マリア、カイネ、ミウ、の三名を見回し、満足気に頷いた。


「うん。本当に、よく来てくれた。もう一度言うけど、心より歓迎します。君たちのことは頼りにしているので、早速深い話ができればと――」

「貴女方は一体、どのような技能があるのですか」


 遮り、声を発したのは、クロシェだった。それは、思わず出てしまった言葉であった。

 なぜだろうか、この日は、感情的になることが多かった。奇抜な人材確保に納得できないから? それとも、見目麗しい女性たちを見て喜ぶ、兄の顔を見ていられなかったから、なのか。

 必要以上に、厳しい声が出ているかのように思えた。


「王族に仕えるのです。そのような挨拶だけでは、我々も、用させることができません。皆様が得意とすることを、ご教示いただかなければ、この先を案内することも難しいかと」


 それは、至極真っ当な指摘ではあった。多くの人はそれに従い、己の経歴を開示しただろう。

 だが、彼女らは正しく邪道の輩であった。クロシェの言葉に何の反応も示さず、にこにことした表情を浮かべるのみであった。


「何故、黙ったままなのですか? それでは、雇うことなどできない、と言っているのに」

「恐れながらクロシェ様。よろしいでしょうか?」


 厳しい目を向けるクロシェに向かって臆することなく、マリアが美しい唇を開いた。


「私達は、後宮の募集を見て、ここへ来ました。後宮には、この身一つあればよいはずです。必要であれば勿論、自身の経歴などはお話しますが、果たして後宮のお仕事にそれは必要なのでしょうか?」

「な……」


 しゃあしゃあと、とそんなことを言ってのける。後宮だなんて建前でしかないことをわかってるくせに。


「こ、後宮であっても、怪しい者でないかを確認するために略歴を知るのは当然のこと」

「あら、お仕事に関係が無い、というのはお認めになるのですね? それに、綺麗な経歴の人間が欲しいのに、あんな募集をしたのですか? どうにも矛盾しているように見受けられます」

「そ、れ、は……」


 マリアは妙に口が強かった。それなりに【テーブル】の訓練を積んできたクロシェも、思わず言葉を詰まらせてしまう。

 と、そこでキースが義妹の肩を叩き、首を振った。


「マリアさんの仰る通りだ。ここのお三方はつまり、世間一般の求人では受け入れられないから、ここに来ている。その経歴、などを軽々しく口にするはずもない」

「お褒めに預かり光栄でございます。ご理解いただけ、幸甚に存じます」

「しかしクロシェの言うことは、更にもっともだ。君たちにどのような技能があるかは、知るべきだ。――だから、実務で証明してもらう」


 そう言うとキースは、すぅ、と息を吸い込み、大きな声で問いかけた。


「近く、第六王子との大きな【テーブル】を控えている。それに備え、我が第七領の財政を強化したい。妙案のある者は進み出て欲しい」


 突然、第六王子との【テーブル】、などという機密を明かし、難題を放り投げた。

 マリアが眉をぴくぴくと動かしながら、呆れた調子で言葉を返した。


「……これは、これは。後宮、なんてまるで関係の無いお話、ですね」

「いや? 主を悦ばせるのが後宮の本質だろう? 体を重ねるだけが芸ではないはずだ」


 そんな詭弁を弄するキース。マリアは貼り付けたような笑みのまま押し黙った。

 と、少しの沈黙を打ち破ったのは、元気な声だった。


「ふ、ふ、ふ! 待ってましたよキースちゃん! だいじょーぶ! こんな、よわざこド貧困領地の財政は、あたしにまかせてちょーだい!」


 ……意外や意外。財政、なんて難題に名乗りをあげたのは、カイネだった。

 矮躯をぴょんぴょんさせながら、無邪気に胸を張る。こんな少女に、なにがわかるのか、とクロシェは言いたくなるが、ぐっとこらえる。

 そしてカイネは、こんこんこん、と自身のこめかみを叩きながら、考えを述べる。


「資源もない、産業もない、マナもない、おまけに領主は嫌われてる。ふつーに考えたら、まぁこんなの無理ぽよだよね」

「へぇ、第七領のこと、よく知ってるんだね。で、何か策があるのかな、カイネちゃん」

「とーぜん! なんもないからこそ、できることがある! ……でも覚悟してね。かなり、ぼーとく的だから」


 そしてカイネは、冷たく笑うのであった。


「でさ、キースちゃん。第七領との利害関係がそこそこあって、お金もそこそこ持ってる、都合のいい貴族とか、いたりしない?」

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