第19話 - 後宮

 数日後。

 キースの部屋の扉を乱暴に開けたクロシェが、肩で息をしながら、怒鳴り込んできた。


「お兄様! こ、これは一体なんですか!?」


 そう突き出した彼女の手には、一枚の紙が握られている。

 その隅には第七王子の印章が捺されており、王族のものであることが証明されている。

 それは、キースが直々に作成した「求人広告」であり、そこには、こう記されていた。


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 求ム。第七王子の後宮に仕えんとするもの。月五千ミルの賃金を保証する。

 ※能力に応じ昇給あり

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「こ、後宮の募集だなんて……! そ、それになんですかこの五千ミルの賃金というのは? 一般の娼婦の方の、十分の一にも満たない、ありえないほどの低賃金じゃないですか……!」


 顔を真っ赤にしながら怒るクロシェに、キースはなんと、満足気に頷いて、自信たっぷりに返すのだった。


「ああ、突貫で作ったにしてはいい出来だろう? 各地にばらまくのは大変だったけど、クロードが頑張ってくれてね」

「いい出来……! 妙な騎士団を作ったり、なにをされているかと思えば、こんな……」


 自身の秘密を打ち明けたあの日。君を笑わせてみせると約束してくれたこの人が、第一に手を掛けたのが、まさか己の性欲を満たすことだったなんて。

 酷く裏切られた気分であった。このビラを見た瞬間、クロシェは珍しく感情的にになり、考えも無しに彼の部屋に突撃した。

 にも関わらず、一切動じる気配もなく、悠長なことを述べるキースを見て、絶望はより深いものになった。期待が大きかった分、絶望は度し難く。彼女はその場でくずおれて、わき目も降らずに泣き出したい気分であった。

 だが、無論。浅はかな考えでこんなものを作るほど、キースは落ちぶれてなどいないのだが。


「落ち着きなクロシェ。……前に聞いたけど、もう一度、第七領に、人材が少ない理由を、教えてくれないか」

「人材、ですか……? ……その、金銭的に苦しい第七領は、有能な人材を抱えられるほどの財産が無く、中には待遇をなど度外視で仕えてくれる国士のような方もいらっしゃるのですが、その、お兄様の人望は、それほどで……」

「更に、万に一つ、ここに仕えてくれるような人物がいても、他の王子たちが横やりを入れて、奪い取って行ってしまうんだよね」


 人材は極めて貴重なリソースである。然るに奪い合いものである。それを、こんな金も人望もないところから奪い去るのは、あまりに容易なことであっただろう。

 改めて事実を並べると、本当にどうしようもない状況なのだが、それと後宮の募集になんの関係があるのか、クロシェにはまるでわからなかった。

 そんな彼女に、キースは、一つずつ噛み砕くように説明を始めた。


「だから、人材を見つけるには、王道ではいけない。邪道からでないとだめなんだ」

「は、はぁ、邪道、から」

「この世界で重要な役職に就くのは、男性ばかりだよね」


 古今東西、どの世界でも共通して、女性は軽視される傾向にある。特に、このような中世に近い時代であれば尚更だ。

 余程の出自か実績を残した者でない限りは、女性は表舞台に立つことを許されない。


「有能な男は、既に採り尽くされてるさ。しかし、女性ならば。まだ不遇の影に隠れた有能な人材が残っているはずだ。だからそこを狙うべきなのさ」


 一瞬納得しかけたクロシェだが、ぶんぶんと頭を振った。


「いや、であれば、尚更、です。後宮の募集、しかも物凄い低いお給料で、どうやって……」


 やはり話はそこに戻ってしまう。狙いが真っ当でも、やり方があまりにヘンテコすぎる。有能な女性とやらはこんなもの見向きもしないだろう。

 そんな当然の指摘に対し、キースは変わらず微笑むだけだった。


「ああ。明らかにおかしい。こんなの普通ならありえない。平凡な人々は『第七王子が狂った』と思うだろう。けど、そんなことは問題じゃない。ここになにかの意図を見出す、非凡な奴らこそ狙いなんだ」

「なにかの、意図……?」

「そこで、マロンを昇格させた」

「え?」

「掃除が得意、というだけのメイドを、騎士団長なんてものに祭り上げるのは、どう考えても異常だ。だけど、第七王子はそれをやった。特殊な才能が一つでもあれば破格の評価する、という事例を作り出したんだ」


 あくまでも淡々と、彼は真意を語る。


「わざわざ辞令という証拠まで作って持たせたんだ。今頃、マロンは地元で大いに自分の素晴らしい待遇を自慢しているだろう」


 そして、クロシェと目を合わせ、にっと笑った。


「広告が出回るのと同時期に、そんな変の人事の話が出回る。聡い者は、ここになにかを見出す。つまり――第七王子は、ひっそりと、特異な才能を持つ女性を探していて、場合によっては破格の待遇を与える、と」

「そ、そんな……」


 唖然、としてしまった。意図を聞いてもなお、彼女は理解できなかった。

 都合よく、そんな無茶苦茶なこじつけができる者なんて、一体どれくらいいるのだろうか?


「そんな、迂遠な方法を取らずとも、真っ当に募集をかければよかったのでは?」

「……第一に、普通の募集だと、他の王子に横から奪われる可能性がある。女性といえどもね。そして、第二に、僕が欲しいのは、そんな普通の求人に飛びつくような人物ではないからだ」


 そこで初めて、彼が語る口調が、ほんの少し、熱を帯びた。


「あまりに尖っているため、世に認められない、異才を携えた邪道の輩こそを僕は求める。あまりに弱い僕たちが握るのは、凡刀ではなく、呪われた妖刀であるべきだ」


 いつになく興奮した様子で、キースは熱弁を振るう。しかし、解説を聞いても、クロシェは、不可思議な気持ちが拭い去られることはなかった。

 そんな都合よく、異才とやらが集まるものなのだろうか? 何回を見返しても、世間を知らない王子が出しためちゃくちゃな相場の求人募集にしか見えない。

 これは不発に終わると見据えて、次善の策を用意するべきだろう、なんてもやもやと考えていると。

 コンコン、とノックの音が響き、クロードが顔を出した。


「キース様。お客様が、お見えでございます」

「――ああ、よかった。意外と早かったね」

「な、ま、まさか」


 クロードは頷きながら、詳細を告げた。


「三名の女性が、なんでも、求人を見てやってきた、と」

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