第36話 魔妃との対峙

「これは……残留思念?」


 目の前には、足を斬り落とされたエレナが倒れていた。アヴァロンの精神共有で見たときと同じ格好だ。つまり、黒いドレスを着ているはずの今のエレナではない。


「これで……ジーグ様の聖剣と、ヴィアク様の血統は途絶えずに済む。これで、これでよかったんだ」


 痛みに顔を歪めながらも、エレナは自分に言い聞かせるように呟いていた。


「でも、でもやっぱり、帰りたかったな。もう一度、もう一度だけでいいから、ロッソに会いたかったなぁ」


 気丈な態度は徐々に崩れていき、エレナは涙を流し始める。


「会いたい……会いたいよロッソ、私、ロッソのお嫁さんになりたかったよ……」


 誰の耳にも届くことのない悲痛な叫び。俺はとてもじゃないが聞いていられなかった。


 エレナの心身の痛みを思うと、胸が張り裂けそうだ。


 こんなことなら、エレナの旅立ちを全力で阻止すればよかった。


 エレナがこんなに苦しむなら、最初から婚約などしなければよかった。


 そう思ってしまう。


「来てくれたんだねぇ。ロッソ」


 次の瞬間、並び立つ燭台に蒼色の炎が灯り、玉座に座る魔妃の姿を照らし出した。黒のドレスと、黒銀のティアラ。そして、切断された両脚。


「さ、私の血を飲んで。それだけで、婚姻は完了する。あなたと私で、世界を壊すの」


 エレナは血の入った杯を差し出す。


 これを飲めば、全てから解放される。


 エレナと一緒にいられる。


 もう誰も、苦しまなくて済む。


 なんたって、俺とエレナ以外は死ぬのだから。


「しっかりしてください!」


 アヴァロンが一喝し、俺は正気を取り戻した。


「言葉の一つに一つに魔力が込められています。精神支配系の魔法です。耳を傾けてはいけません!」


「ちっ、ホント邪魔ね、アヴァなんとかさん。消えてくれないかしら」


「消してみますか?」


 刹那、濃い闇の魔力と法力がぶつかり合う。俺は反射的に後ろに退がった。


「第七層を消したのはなぜです? 見られては困るものでもありましたか?」


「別に。もう知ってるんでしょ? 昔何があったか。私は魔王ペイヴァルアスプの霊から力を受け継いだ。そして勇者ジーグ、戦士ヴィアク、占星術師アルタイルの血を吸って殺した」


 やはり、本当にエレナは殺人の罪を犯していたのか。


「第七層にはミイラ化した奴らの死体がある。そんなものでロッソの目を汚したくなかったの」


 エレナは何でもないことのように言った。

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